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2001/01/13 21:25:27
(spdZDXH2)
妻と離婚したのは5年前、私が37歳、上の娘が12歳、下の娘が8歳の時だっ
た。上の娘は小さい時から「お父さんっ子」だったので私が引き取り、下の娘は
妻の方が引き取って育てることにした。男手で娘を育てるといっても、私は親と
同居しているので娘の面倒はお婆ちゃんが見てくれた。
娘は健康で、学校の成績もよく、妻に似て美人だった。とくに、高校生になって
からは、街を歩いているとみんなが振返るほどであった。私は、そんな娘の父で
あることを自慢に思っていた。
娘の見事な八頭身から女を感じさせるフェルモンが放たれるのだが、そこは、ま
だ17歳なので、家にいるときは、屈託のない幼さで振舞っている。だが、私が
いく分別のある父親とて、娘が家で、ブラもつけないTシャツ姿と、ミニスカート
で寝転んでいたりすると、一瞬、ドキッとさせられることも多々ある。でも、娘
はどこまでも娘であり、父親であることの境界線はしっかりと守っていた。
ところが、昨年の大晦日の日、お婆ちゃんとおじいちゃんが親戚と初参りに行っ
た時、コタツで私と娘二人でテレビを見ていた。いつもは11時には寝床に入る
のだが、年越しということで1時、2時頃までテレビをみていた。
みかんを食べながら、父と娘の他愛のない話を行き交わす。私は「Kちゃん彼氏
いるの?」と聞くと、娘は「彼氏までいかないけど片想いの友達はいる」と、照
れながら話してくれた。学校でも真面目で通っている娘だったから、今時の女高
生のように、派手な遊びなどはしらない。
時計が3時を回った時、娘が「眠い~」と言いながら、ゴロンと後ろに倒れた。
下半身はコタツの中、胸のところまでコタツ布団をかけながら寝入ったしまった。
いつもは、自分の部屋に行く娘だが、正月ということで、コタツで寝入ってしま
ったのだろうと、そのままにしておいた。
私は、テレビを見ていたので、それが終ってから寝室に行こうと、テレビの音量
を下げて、娘を起こさないように気遣った。
それから約1時間ぐらいして、みていたテレビ番組も終ったので、娘の身体を揺
らして「さあ、Kちゃん、自分の部屋で寝なけりゃ」と言った。娘は、ぐっすり
眠りについたのか気付く様子はない。私は、今日ぐらいはコタツで寝かせてあげ
てもいいと思えて、コタツ布団を娘の身体全部にかけてあげようと、布団を上に
引っ張って娘にかけた。そして、コタツから出て自分の部屋に行こうと、コタツ
の周囲に散らがっているミカンの皮を拾い集めるため、なにげなしに、自分側の
コタツ布団を持ち上げた時、そこには、眩しいばかりの、娘の下半身がお尻まで
赤外線に照らし出されていた。心臓が止まるような一瞬・・・、はちきれそうな
太ももと、綿のパンティーに私の心は凍りついたしまい、しばらく、布団を持ち
あげたまま見入ってしまった。胸の鼓動が高まり、言い知れない熱さが全身を貫
く。でも、実の娘に・・・という理性にて、自分の中に芽生えた淫らな想いを打
ち消そうとした。妻と離婚してからは、34歳の彼女と付き合っており、セック
スも一周間に一度ぐらいの割でしているから、欲求不満めいた感情はない。ただ、
17歳の健康なエロスに、オスの本能が刺激されただけかもしれない。私は、娘
を起こすために身体に触れているんだと自分の言い聞かしつつ、娘の胸に手をか
け「Kちゃん、ほら、こんなところで寝てはいけないよ」と揺らす。胸の肉感と
ボリュウムに、手はそのまま胸に釘付けとなった。そして、静かに、限りなく
静かに手を動かした・・・、その時、娘が目をあけて「パパ・・」と、私を見
つめた。私は娘の胸をまさぐっていることに気付いたいるようだったが、その
手を振り払おうとはしない。娘のとっさに視線に、私は、どうしていいかわか
らず、「Kちゃんも女になったね」と、手を胸においたまま苦笑いをした。
それでも、娘はじっと私の目をみつめて黙っている。娘の視線は、どこか哀し
そうだったが、嫌がっているようには感じられなかった。娘の表情につられる
ように、片方の手が娘のTシャツの中に入った。直に触れた娘の胸は、まさし
く、おんなの感触であった。娘は覚悟したかのように目をつぶりながら、私の
方の身体を向けた。二人の間にあるコタツの足が妙に現実的であった。
私の手は胸から腰、そして、娘の腹をさすりつつ下に下りていく。娘の手が
私の肩にかかった。
すべてが終り、娘は、コタツから飛び出して、脱いだ下着をもって風呂場に
駆け込んでいった。
越えてはならない一線、17年間、娘にとって私は立派な父親、尊敬される
父親で通してきた。それを・・自尊心も理性もすべてを無にかえしてしまった。
父と娘が、人間以下の行為にふけったことの罪悪感に、言い知れない自己嫌
悪を感じる。
娘は、その日のことを気にするようなところはなく、いつものように明るく
振舞っているが、私の中に残る感触と罪意識に、私は、父親失格を自ら告げ
るべく悩んでいる。