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2000/10/26 12:39:45
(jp.OplzX)
もう30年も前のはなしです。母子家庭の僕は子供のころからお母さんとお風呂に
入っていました。お母さんの大きな白いお尻を見ていると、幼稚園児の僕でもちん
ちんがピンとたってしまうのでした。「あらあら、ママを見てこんなにして」とお
母さんは笑いながら、チンチンを洗ってくれていました。5年生のときですが、い
つものようにお風呂でお母さんに抱きついてちんちんをぬすくりつけていると、な
んか変な感覚が湧きおこってきました。むず痒いような、何か出そうな感じです。
なおもこすりつけていると、ちんちんからどびゅっとぬるぬるした液が出てきまし
た。僕もお母さんもビックリしましたが、お母さんは「これは病気じゃないの。真
ちゃんが大人になったってことなのよ」といいました。そして、足を大きく開い
て、おまんこをひろげて見せてくれ、「大人になったら、ここにおちんちんを入れ
るのよ」といいました。ぼくは「入れてみたい」といいました。するとお母さんは
「いいわ。お風呂から出たらやってみようね」といいました。それから、お風呂か
ら出て、体を拭いてくれて、一緒に寝室に行き、「ベッドに横になりなさい」とい
われて横になると、お母さんは電気を消し、何か僕の足の方でモゾモゾしていたか
と思うと、ちんちんを優しくにぎり、そのままパクッとくわえてしまいました。い
きなり温かいものにくるまれて、僕のチンチンは再び大きくなりました。そしてお
母さんは、「こうしないと入れられないから、ちょっと我慢してね」といい、仰向
けに寝た僕のおちんちんを下の方に引っ張りました。すると、ちんちんはずるっと
むけてしまいました。そしてお母さんは、僕にまたがり、腰を沈めました。お母さ
んが数回上下に動くと、また先ほどのあの感覚がおそってきました。亀頭がむき出
しになっている分、さっきより強烈だったかもしれません。5分ほどで我慢できな
くなって「あっ!あっ!」といいながら、お母さんの体内に放ってしまいました。
すばらしい体験でした。20年以上たった今でも克明に覚えています。それから
は、もちろん毎日してもらいました。そして林間学校から帰った日だったと思いま
すが、いつもされるがままだった僕が、自分からお母さんを下に組み敷いて、正常
位で入れました。お母さんは驚いて、「真ちゃん、乱暴にしないで」といいました
が、初めてあえぎ声を出しました。中1のとき、初めてお母さんをいかせることが
できました。恥ずかしそうに「いっちゃった」と言うお母さんが、たまらなく愛し
く、またお母さんをいかせることが、もう嬉しくて、面白くて、毎日のようにお母
さんの肉体に溺れていました。お母さんは、160cm以上ありますが、僕が中3
くらいになると身長・体重とも完全にお母さんを追い越し、『僕がお母さんに抱か
れている』から、『お母さんが僕に抱かれている』になったことを、はっきりと意
識しました。バックでガンガン突きながら、「おらおら!えーんか?」というとヒ
ィヒィ泣きながら「真さん!いいっ!いいっ!」と言ってくれました。旅行も数え
切れないほど行きました。野外でもやったことがあります。大学生のとき、覚えた
駅弁をやってやるとやみつきになり、セックスのたびに「あれやって!」とリクエ
ストしてきました。今年60歳になったお母さんは、めっきりと軽くなり、陰毛に
も白いものが目立ってきましたが、今でも「ねぇ、駅弁やって!」とおねだりして
きます。僕も36歳になり、妻も子もいますが、お母さんとは同居していて、まだ
まだやっています。子供の時から避妊したことはありませんが、3年前、ついにお
母さんの生理が上がってしまい、何の気兼ねもなく中だししています。お母さん
は、見た目まだまだ若く、趣味のダンスで全国を飛び回っていて、若い男にナンパ
されることも多いようです。このまえ抱いたとき「昨日、20代のダンスの先生に
ナンパされて、やっちゃった」というので、嫉妬に狂って、お母さんが酸欠になる
まで突きまくってやりました。女房の浮気は許せても、お母さんの浮気は許せない
僕なのでした。