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2005/05/30 13:28:30
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世界中に絶対と言って良いほどこんな女性は二度と居ないだろう、俺を信じ
俺を愛して、俺のされるがままに成っている純心な女、俺の性格を完全に把
握して決して逆らわない、そして全てを投げ出して俺に奉仕する、息子の俺
を心から満足させる女見事なまでの女である素敵な母であり情婦である。
「ママ、俺とこんな生活どう思ってるの、ママ満足している?」
「何でそんな事言うの、慎ちゃんに愛されてママ満足よ、でもお願い慎ちゃん
は何時かきっと普通の女の人とも愛して欲しいのママは、そのお余りで結構
よ」
俺はママ以外の女性は考えられない俺に対して従純で息子絶対主義で俺に奉
仕している母の愛というか母性の愛と言うか二度とお目にか掛けない様な女
である。
親父が5年前海外出張する為の飛行機事故で突然亡くなって以来25歳に成った
ばかりの俺が親父の会社を引き継ぎ何とか良いスタッフに恵まれて何とか此
処までやって来られたのも母のそう言った献身的な支えがあればこそと思っ
ている母は父の元に嫁いだのが17歳の大学生の頃だった、どちらかと言ば会
社の政略結婚だったかも知れないが10歳も年の違う父の元に嫁がされたと言
う、それは綺麗な女性だったそうだ、今も人が振り返る程の美貌だ、嫁いだ
翌年18歳で俺を生んだ未だ大学生だったと言う、父は一代でこの会社を立ち
上げ、世間に認められ親会社を上回る程成長した、仕事も出来たがそれは人
一倍精力が強く当時一日に二回か三回母の身体を求めたという、終いには会
社に父の休憩室と称して母を抱く寝室もつくられていたと言う。今生きてい
れば父は53で母は43歳と言う幸せな一家であったと思う、父が社長で二人の
専務、3人の常務の一人が俺だった当時25歳の父親譲りのバリバリだったので
ある。その自分から俺の恋人は母だった、父も母を心から愛していて決して
他の女性の噂も立って居なかった本当に父は母の一穴主義だった、他の重役
連中も父を見習って決して誰も他に女を抱える様な事は無かった、そう言え
ば皆その意味では家庭円満であったようだ、海外出張の時も何時も母を同行
させていた程だった父は常務の二人にも海外出張が常務達に皺寄せと成って
いるので妻同伴で良く海外に送り出していた、その事が重役連にも快く思わ
れそう言った意味でもとても円満な会社だった。
それがこんな異端な息子が会社のトップに立って仕舞ったのか、この事が社
会にばれたら如何なる事か会社が大きくなる一つの要因でも有ったこうした
潔白さが社会的信用を得ていたとも言えるこの会社のトップが、自分の母を
情婦の様に扱って、今でも絶対的な社内的な信用の俺らは母子。
親父が生きていた頃はは月に何回かは自宅で重役会議なんかやっていた、今
はその大きな応接室が俺達親子の愛欲な行為の舞台に成っているのである。
でも今の母は母成りに満足している様だが、偶にもの悲しげな顔が俺の心を
曇らせる事がある、それは俺がふと人間らしい気持ちが蘇ってしまった時、
母への愛情みたいな物が手の力を和らげてしまう時、母の官能を薄らえ陰心
な本能を消えさせて仕舞うのだろうか。