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2005/04/05 23:51:42
(6PtFexLP)
私は55才の男性です。もう昔の事ですが思い出話をさせてもらいます。
私がまだ20代で独身の頃の話です。我が家は理髪店を営んでいました。
私は店は継がずに別の仕事についていました。店は親父と母の2人でやっていました。当時は母まだ40代でした。私から見ても何となく魅力がありましたから、店に来る客も母目当ての人が多かった様に思います。そんな母といつかそうなりたいと秘かに考えていました。そしてその思いが暴発しました。親父が店の閉店後寄り合いで出かけた留守の間に力ずくで母を自由にしてしまいました。無論母は激しく抵抗しました。しかし男の私の前ではどうしようもなく、近所の手前助けを呼ぶ声も出せません。結局は私の餌食になってしまいました。畳の上に母を押し倒し下半身を全部脱がすと目的を果たしました。母は暫くはその畳の上で魂が抜けたようにだらしなく横たわっていました。私は急いでズボンを引き上げていました。ゆっくりしてる暇はありませんでした。1時間もすれば親父が戻ってくるからです。しかし、母は相変わらずの放心状態でした。仕方なく私は母に言いました。
「親父が帰ってきちゃうよ。こんな事知れたら母さんも困るんだろ。」
そう言いますと、急に母は起き上がり、乱れた服装を直し始めました。
そして次に母が私にいいました。
「お願いだから今日の事言わないで・・・」
必死に頼み始めたのだ。私は意外な感じがした。怒られるかと持ったからだ。それを母は内緒にしようと言い出すとは。それが思いもかけない事になって行きました。母がそれを負い目に感じ始めた様でした。それは私から見ても良く判りました。私の母に対する思いがそれを利用したのは当然の事でした。その事を理由に母に更なる関係を求めました。そして母は心ならずも私の要求を呑みました。悪いとは思いましたが、それ以上に私は母が欲しかったのです。それから親父の目を盗んで母を抱く生活が始まりました。
自営の関係で親父は毎日の様に家にいます。そう簡単に母と2人切りと言う事はありません。当然、そんな時間をつくるしかないのです。
一番安心して出来るのは月に一度の寄り合いの時です。親父が出かけるとすぐに店のソファーベッドで母を裸にして抱きました。寄り合いは1時間半位は掛かるので十分時間はあります。そのソファーベッドは実は母と父の寝る所になっていたのです。寄り合いに出かける前に親父がベッドに直して行きます。それを私達が利用させてもらっていました。そんな訳で、以外や母がそのベッドでは思いもしない様な反応を示しました。親父との所で息子に抱かれる罪悪感が母を異常なくらいに興奮させたようです。
しかし、それが出来るのも月に一度です。とてもそれでは済みませんでした。そこで、次に考えたのが店の横の2畳ほどの狭い部屋です。そこで、食事をしたり横になったりしてるのですが、一応は扉もあります。食事の時などはそこは締めた状態でした。混んでくれば声が掛かりますから、それまでは大丈夫と言う事です。非常に危険ですけどそれを利用しました。
昼や夜、ほとんどは夜の時が多かったですがその時に扉を閉め切った状態にしておきます。母に下着を付けたままでするようにしました。オマンコを覆っている部分を横にずらしてそこから入れます。しかも私の膝の上に乗せて。テレビをつけておけば少し位の声は心配ありません。膝の上に母を乗せ、胸元を捲り上げて乳房を愛撫します。母には家の中ではブラジャーはつけないように言ってありました。パンツもそんな訳で大き目のモノにしました。ちいさいものですとやりにくいからです。声が掛かったらすぐに離れれば済むのです。私のチンポは隠すしかないですが。ハラハラしながらもそれで何とか関係を保つ事が出来ました。次第に母も私を受け入れるようになりました。当然だとは思いました。母を満足させていたのは私だったからです。母曰く親父とはあまり無かったようで、私とするのがほとんどだと言っていました。寄り合いの時の全裸のオマンコは母も燃えました。フェラチオも覚えてしてくれました。今でもあのときの感動は忘れません。
その母は今も健在です。さすがに今は高齢でオマンコはできません。でも私を見る目は今でもあの時の母です。