先日、母が亡くなりました。
80手前でした。
実は私は父親のことは、ほとんど認識がありません。
母はストリッパーでした。
幼い頃、なんとなく、ある男性が可愛がってくれた記憶がありますが、父親かは分かりませんし、母も教えてくれませんでした。
父親代わりは、ストリッパーのお姉さん達でした。
一定の興行日程で小屋を移動するので、母が同じエリアの劇場に固定~引退した頃の小学校高学年まで、学校も数えられる程度しか行ったことはありません。
いつも、ストリッパーのお姉さんがいろんな意味での先生でした。
性に関しては、ある意味、普段の生活の一部でした。
まだ緩い時代だったし、他にもシングルでストリッパーのお姉さんも居ました。
お姉さん方のはもちろん、母親のも白黒ショーで男性ダンサーとセックスしたり、生板ショーでお客さんとしてるのも舞台袖から見てたこともありますし、常連かタニマチ?の中年男性が楽屋裏から来て、奥の衣装部屋から母親の喘ぎ声を聞いたことも少なくありませんでした。
そんなことが日常的だったので、あまり性に関しては興味無く、定時制高校に通ってる時にバイト先のオーナーに囲われていて、ロストバージンしました。
オーナーは避妊しないので、半年くらいして妊娠。既婚者なのでオーナーの金で堕胎し、それから母に謝りに来ました。
ところが、オーナーはかつての母がストリッパー時代に生板ショーで相手してもらったと驚き、ファンだったと言って以来、私達の生活の補助をしてくれました。
しかしオーナーも見返りに、母と何度もセックスしに来ていたようで、学校から帰り、部屋の奥から母の喘ぎ声が聞こえたのも数回どころではありませんでした。
最初こそ、ふすまの隙間から見てたこともありましたが、見飽きてしまい、声がしたら、家からしばらく離れて近くの公園で時間を潰すことも。
母はオーナーから店をもらい、それが残りの生涯の生活の糧になりました。
母が亡くなり、棺には唯一残ってた衣装を一緒に入れました。
それでまた、あの世で、また踊ってますかね。