17歳違いの義姉に始めて女を感じたのは小学5年の冬の朝。まだ布団で寝ている俺の
三つ隣の布団から起き出した彼女は、ブラスリップの中に手を入れ、胸をカップの
中に収めていた。その姿を薄目で見ながら俺はぎんぎんにチンぽを勃起させた。
それから数年間、盆暮れに実家に帰省してくる兄夫婦。みんな寝静まったあと最後
に風呂に入る義姉のパンティをくんくんしながら何度もトイレでおなった。普通の
パンティだった(後で聞いたが、田舎に派手なのは穿いていけないでしょ!といっ
てた)が、俺には十分だった。とても良い香りがした。
高校卒業後、兄夫婦の家に下宿することになったが、彼女もいたので義姉にその気
になることはあんまりなかったが、それでも時々夜中に起き出して義姉のパンティ
に精子を放出してはそっと洗濯籠に戻していた。
半年ほどの同居後、仕事もかえたし住まいも転々とした。ただ、義姉の紫色のバタ
フライパンティと、ピンクのエロいパンティはずっと隠し持っていた。
数年後、俺は結婚し、ひょんなきっかけでまた兄夫婦の近所に住むことになった。
13年前の今ごろ、花見に誘われべろべろによっぱらった後、家まで義姉が送ってく
れた。その車の中で俺は告白した。ずっと好きだったって。そうしたら義姉は
ほっぺにキスしてくれたんだ。でも酔っ払ってるこっちはそれじゃ済まない。無理
やり抱き寄せべろべろにキスした。さっと逃げられその晩はそれで終わった。
数日後、義姉にごめんと謝った。でも本気だよって。そうしたら義姉はもっと早く
言って欲しかったって。あの頃なら毎朝毎晩H出来たのにって・・・。
足枷が解けた二人はその後一気に深い仲になった。兄とは関係がしばらく無かった
よう(妾がいたから)で、俺の肉棒を貫いたとき「はぁ~・・ひさしぶりだぁ~」
と歓んだ。バキュームフェラは絶品だった。今でも一番だと思ってる。アナルも
開発した。まんこにフィストも出来るようになった。カラオケボックスでマイクを
まんこに突っ込みおならせた(血がついてしまった)娘の制服を着せてアナルでやっ
た後、体中をスパンキングしながら「みぃ~ちゃん(娘の名前)ごめんねぇ~、おか
あさん感じてるのぉ~、きもちいいのぉ~」と叫びながら逝きまくり。
あるときは、胸を紐で縛り上げ、まんこにバイブを差込んだままガターにワンピー
スでお散歩。公園のボートで見えないところに行って屋外オナニー&フェラ。
ぱいぱんまんこと腋毛を生やした義姉は俺のものだった。
ある日、義姉の家に自作大型張型を持っていって無理やりねじ込んでいると、近所
の義姉の友達がやってきた。あせった俺は勃起したものをしまいこみ、義姉をトイ
レに追いやった。不信にかんじたその人はじきに帰ったが、その旦那に告げ口した
らしく、それ以来その旦那は助平そうな顔で義姉を見ていたそうだ。
手が入る位なので、なすび(つるつるしてあまり良くないらしい)や大きなにんじ
んなんかじゃ全く駄目。一番よがったのが、息子に被せる円筒状にびらびらが付い
たおもちゃ。あれはすごく良いらしい。タイガーバームを塗りこんでやったが、奥
が熱くなっていいんだそうだが、息子が遅漏となった(^^\
その後十年以上関係が続いたが、お互いに飽きてきたのと、生理があがると性欲も
無くなるのか関係は自然に無くなった。
今でも覚えてる鮮烈なSEXは(ときどきずりねたにするのだが)アナルに入れたまま
まんこに手首をつっこみ、尻穴に入れたうんこまみれのバイブを義姉の口に咥えさ
せて、子宮を指でかきまぜながら根元まで突っ込んで果てたカーSEXは最高だった。
義姉と俺のパンツは血まみれだった。
体の相性が良いのか、時間が無いときは一分でも二人は一緒に往けた。義姉さんあ
りがとう。女体の神秘教えられました。今度は娘に伝授していきます。