主です。>>4と>>5の様にいけば皆さんの理想なのかもしれませんが、残念ながらなりすましです。ご想像にと言ったので、誰かが皆さんのために書いてくれたのだと思います。しかし現実はそう上手くいきません。ちょっと語りたい気分になったので続きを書きます。確かにお義母さんとは関係を持ちました。しかし当時の私は、頭ではお義母さんとわかっていながら顔立ちが似ているので妻と錯覚もしていました。お義母さんからすれば、私が自分の娘のためにここまで辛い思いをしている事の申し訳なさや感謝と言った感情で、役立てられる事は何でもすると言う行動だったと思われます。それにお義母さんも早くにお義父さんを無くして独りの時間が長かったこともあると思います。私が挨拶に行ったときの舞い上がりようは妻がキレていたくらいのすごいものだったからです。お義母さんの口で解き放たれた気がしました。一瞬、悲しみが吹き飛び、目の前に妻が居ると信じ込んでしまったんです。私は「辛かった!寂しかった!」とお義母さんの胸に頭を埋めて泣いていました。「大丈夫!これから少しずつ良くなるから。ほら、今は何も考えなくていいから。」お義母さんがベトベトの口でニコッと笑い、部屋の中に押しやっていきました。そしてそこからは記憶があまりありません。朧げながらに思い出されるのは、娘が産まれる1年前くらいの妻との営みのシーンです。まだ若かったので結構スゴかったんですよ。妻が私と結婚する気になった理由5つの1つが、「エッチが合う」でした。一晩に2回は最低でもできていたので妻も満足していたようで、それこそ毎晩ヘロヘロになるまでやっていました。その度に「あ〜…最高!お義母さんに自慢したいわ〜」と言ってました。記憶がハッキリしているのは夜中の3時過ぎくらい。お義母さんはグッタリして「あ…う…」と弱く声を出していて、私はお義母さんの両脚を肩にかけて腰を振ってました。場所はリビングのソファで、背もたれをフラットにしてベッドにした状態でした。そして水浴びでもしたのかと言うくらい身体もソファも床も濡れていました。すぐにお義母さんから離れました。少し状況を整理するため沈黙していると「あ…戻った?」と意味深な言葉。自分が何していたのかと聞いたところ、妻の名前を呼びながら精子のついた口にキスをしてきて、そこから怒涛の4時間ロングプレイだったそうです。お義母さんも久しぶり過ぎてすぐに力が抜け、一心不乱に入ってくる私を拒まず身体を預けていたようです。私はそこから腰や膝がガクガクして立てず、お義母さんも腹筋に力が入らない状態でしばらく裸のまま沈黙してました。その後ようやく風呂にそれぞれ入り、寝室のベッドで2人して寝ました。朝起きてもその後遺症は続いており、私に至っては腰が筋肉痛で起き上がるのもキツい状態。お義母さんが先に起きて昼食(起きたら昼でした)を作り、ベッドの上で食べました。そしてお義母さんはひとまず帰る事に。私の親族に毎度報告しているようで、今日もご飯を食べたとか顔色は良いと言う情報を送っていました。そして半年、私はようやく社会復帰をしました。その半年だけ毎週お義母さんと行為を続けました。しかし「いつかは元の生活に戻って新しい家族を作りなさい」と常に言われて復帰してから彼女ができ第2の人生を歩み始めました。そのタイミングでお義母さんは再婚し、少しずつ疎遠になりました。私の親族はお義母さんに大変感謝しておりましたが、疎遠になるとアッサリ連絡を取らなくなりした。これから彼女が妻になるかはわかりません。私が望んでいないかもしれない。また失うのが怖いからです。彼女は良いとかのお嬢さんて、とても面倒見が良い人です
...省略されました。