まだ私が小学生の頃の話です。
保育園の頃に両親が離婚し、私は母と2人で暮らしていました。
母はとても綺麗な人で、恋多き女でした。
今考えるとあれは彼氏だったんだろうなって人を、幼い頃から何人も見てきました。
小学2年生の時に、新しいお父さんができました。
自営業をしている、ワイルドな見た目のカッコいい人です。
結婚した一年後には弟が生まれ、母は弟につきっきり。
私はいつも母と一緒にお風呂に入っていたのですが、その頃から義父と入るようになりました。
義父は、こだわりの強い人でした。
私の箸の持ち方がおかしいと言って、矯正用の箸を買ってきて訓練させたり(これは今でも感謝しています)、女の子はズボンなんて履くもんじゃないとパジャマと学校の体操服以外のズボンは許されなかったり、ご飯を食べる時はテレビ禁止だったり。
そして、体を洗う時は、タオルやスポンジよりも素手の方が肌に優しいからそうすべきだというこだわりがありました。
私は義父がそう言うならそうなんだろうと思いました。
義父はよく、私の体を洗ってくれました。
ボディソープをたっぷりつけた大きな手で、首や手、脇、少し膨らみはじめた胸、背中、足を、順番に撫でるように洗われました。
特に股の間は蒸れるからしっかり洗った方がいいと、足を開かされて義父の手が何度もワレメを往復するのを見ていました。
そのときたぶん、私の性感の扉が開いたんだと思います。なんだか気持ちよくて、それが忘れられなくて、ベッドの縁でこっそり角オナをするようになりました。まだ、オナニーが何かも知らない頃です。
たまに義父は、自分の体も洗って欲しいと言いました。私は義父の真似をしてボディソープを手に取り、大きな体を一生懸命に洗いました。
もちろん、後ろも前も全部です。
特におちんちんはデリケートだから優しく洗うように教えられました。タマタマもそっと包み込むように洗います。
私は自分についてないおちんちんに興味津々でした。私が洗っていると、おちんちんが膨らみ始めるのです。ムクムクと大きくなって、上を向く様子が面白くて、夢中になって触っていました。
義父は笑いながらそれを眺めてて、しばらくして「もういいよ」と言って洗うのを終了させます。
そのあとは一緒に湯船につかり、義父の足の間に座りながらその日の出来事などを話していました。
ある日のこと、いつも通り義父とお風呂に入ってた時に、おちんちんからはおしっこ以外に白い液体が出ると教えてもらいました。
私は子どもながらの好奇心で、それを見てみたいと言いました。
義父はいつもの洗いっこの後、私の手で大きくなったおちんちんを自分の手で握りなおし、たくさんこすって白い液体を出しました。
義父はお風呂の椅子に座っていて、私は目の前で床に座っていたので、飛び出た液体は私の顔や体にもかかりました。
いきなりのことにびっくりしている私の顔にかかった精液を、義父が手で拭ってくれました。そしてそれを口元に持ってきて、「なめてみるか?」と言われました。
私はおしっこと同じ穴から出てきたやつをなめたくないなと思ったし、そんなものをなめて大丈夫なのかと思ったけれど、義父が「これは汚くないし、お前の母さんはこれが好きでいつもなめてるよ」と言いました。
えぇーっと少し疑いましたか、母が好きな味ならちょっと気になります。私は試しにペロっとなめてみて、後悔しました。
すごくまずいです。
正直にそう言うと、義父は「大人の味だからな」と笑いました。
そういえば母は、私がまずいと思うコーヒーが大好きでした。大人になったら美味しく感じるのだとも言ってました。だから、これもそういうものなんだと思いました。
それから2年後、母と義父が喧嘩を繰り返すようになり別居をするまで、義父とは一緒にお風呂に入っていました。
小学校を卒業する頃に、離婚が決まりました。
私と弟の親権は母が持ち、それから義父とは会っていません。
あの頃は自分のしていることがどんなことかわかっていなかったですが、成長するにつれてあれは義父のお遊びだったのだなぁと気づきました。
ちなみに大人になった今でもコーヒーは嫌いですが、精液を飲むのは好きになりました。精液どころかおしっこを飲むのも好きです。
アブノーマルなことが好きなので、今の私なら義父のおちんちんを喜んで咥えるくらいには変態に育ちました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。