俺は父親が嫌いだった。
今もだ。
仕事で帰らない上に、高校生の時に脳梗塞で倒れた母の見舞いに来たのは1か月後の事だ。
動けない、話せない母を見てそのまま仕事に行ってしまった。
次に来たのは死亡した時だ。
俺は自分でも分かるぐらいに、親父を睨んだ。
そして、1年も経たないで後妻を迎え入れた。
親戚中から非難を浴びた。
「お前の親父は愛人を後妻にした」
「ホントは親父が母を殺したのではないか?」
そんな罵倒に近い言葉が、俺にも向けられた。
後妻は百合子。
どこで見つけてきたのか…
高校3年の時だ。
百合子は6歳上だ。
親父は48歳。年の差はちょうど干支がふた回りだ。
家にいたくない俺は、大学で家を出て東京に出た。
新幹線で1時間。
そのまま就職した。
その間、あの家には帰らなかった。
就職した年のある夜に電話があった。
百合子だ。
「明後日の休みは家に居ますか?」
「何で?」
「ナオユキさんが様子を見て来いって…」
「別に来なくていいよ。何もないから」
「でも、久しぶりに会いたいから…一目見たら帰るから…」
1年振りに声を聞いた。
ゴリ押しされて、迎えに行った。
百合子も三十路手前だが、あまり変わった感じは無かった。
「久しぶりです」
ろくに話してない百合子は敬語を使う。
「親父とは上手くやってんの?」
「はい…でも、最近は家に居なくて…」
「いつものことだ…」
部屋に来た百合子は、晩飯を作り始めた。
「別にいいよ…」
「これくらいします…一応、親だから…」
「帰りはどうするんだ?」
「作ったら帰ります」
夕方6時で帰れる時間だが、最近はこの辺りも治安が不安定な事もあり、泊まれと告げた。
「でも…」
「親父には言っとく」
何年振りかに親父の声を聞いた。
「そういう事で泊まらせるぞ」
「分かった…好きなだけ居るといいと伝えてくれ」
相変わらず愛想のカケラもない。
彼女が過去にも飯を作りに来た事がある。
もう2年も前だ。
食卓に他人がいるのも久しぶりだ。
メシは美味かった。
「ご飯はどうしてるんですか?」
「テキトーだよ…」
「バランス良く食べないと…」
「何食えばバランス取れるのか知らん」
「お野菜とか…」
「コンビニの野菜食ってる…」
会社は新人でも稼げる業界にした。
固定給の上に歩合がプラスされる。
同年代に比べて、倍近く稼いでいた。
「なぁ…」
「はい…」
「何で親父と一緒になったんだ?」
「えっ…」
「ふた回りも上の親父となんて、財産狙いか?だとしたらハズレだぞ!大したものは無い」
「そんな…財産とか違います」
「じゃあ、なんだ?」
箸を置いて話し出した。
「私…施設で育ったんです。親が2人とも死んで引き取り手が無かったから。働ける歳になってキャバクラで働いてたんです。ナオユキさんはそこのお客さんでした…」
「なるほどね…」
「それで、奥さんが亡くなられて落ち込んでて…慰めてるうちに好きになったんです」
「それで結婚か…」
「はい…」
「あんな親父のどこがいいんだ?」
「優しいところです」
そんなの見た事なかった。
翌朝、メシの作り置きをして帰った。
その翌月。
また百合子が来た。
今度は部屋の掃除もすると言った。
「なぁ…」
「はい…」
「アンタの方が年上なんだし、敬語で話さなくていいよ」
「はい…でも、なんか普通だと話しにくくて…」
変わった女だと思った。
それから、毎月来るようになった。
12月の初め。百合子から電話がきた。
「ナオヤさん!帰ってきて!ナオユキさんが!」
「どうした?」
「血を吐いて倒れて!」
「救急車呼べ!これから帰るから病院着いたら連絡しろ!」
新幹線で急いで戻ったが、もう親父と話す事も出来なかった。
〈静脈瘤破裂〉
食道を癒着して、膨らんだ瘤が一気に破裂した。
ほぼ間に合わなかった。
葬式を済ませた。
百合子は呆然としていた。
親戚と絶縁に近い状態で、弔問客は少なかった。
前から病気は知っていたようだ。
何もしなかった結果だ。
「これ…」
遺言書だ。
土地は俺で、家は百合子に譲るとあった。
貯金も全額百合子に与えられた。
「どーするんだ?」
「ナオヤさんは?」
「俺は戻るよ」
「……私はここに残ります」
それから3ヶ月。
また、百合子は東京に来た。
「飽きないな…」
「もう、家族はナオヤさんだけですから…」
そうか…百合子は施設育ちだ。
家族が欲しいのか、と感じた。
「しばらく泊まっていくか?」
「迷惑じゃ?」
「彼女もいないし、迷惑ではない!」
その晩。
夜中に起きると、百合子が部屋の隅で座っていた。
タオルケットを羽織り、用意した布団から離れていた。
「何してんだ?」
「怖くて…」
「何が?」
「寝たら、また1人になるのが…」
久しぶりに戻った親父と寝てたら死んだ、その光景が蘇るらしい。
悩んだ。どうすればいいかのか…
「こっちに来い」
布団をめくった。
「いや…」
「いいから来い!」
百合子は恐る恐る俺の布団に来た。
抱きしめた。
冷えた細い体が、俺の中で何かを変えた。
「…あったかい」
その言葉に女を感じた。
「抱いたら怒るか?」
「…1つ言ってない事があるんです」
「なんだ?」
「ナオユキさんとはしてないんです」
「…どういう事だ?」
「ナオユキさんは、EDだったんです」
「えっ?」
「それは承知で一緒になったんです」
「なんでだ?」
「心が通じてた気がしたから…」
「俺は親父のほとんどを知らない、何がいいのか分からんよ」
「ナオユキさんも言ってました。どう接していいか分からなかったと言ってました」
「あんな関係じゃお互いに分かんないや」
「…いいですよ、好きなだけ抱いて下さい」
「なんで受け入れるんだ?」
「ナオヤさんに何もしてあげられなかったから…」
「俺を親父に被せてるか?」
「それは、無いです…ナオヤさんはナオヤさんです」
「同情か?」
「それより…1人が怖いんです」
「それなら、まだ救われるな…」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
百合子はベッドで尽くしてくれた。
どの女より尽くしてくれた。
フェラもたっぷりとなめ尽くした。
「ゴムはつけないで…」
生で入れた。
冷たかった体は血の温もりが通った。
火照っていた。
百合子は涙を流した。
何度も唇を貪られた。
「あぁぁっ!ナオヤさん!いい!」
そのまま果てた。
肉壺の中に出した。
「あぁぁぁっ…ぐっ…うっ」
俺の棒を全て舐めた。
それから百合子は毎月泊まりに来た。
「一緒に住むか?」
「ナオヤさんが望むならそうします」
未だに敬語は止めない。
結婚なぞ、どーでもいい。
子供は埋めない。
百合子は卵管癒着だから妊娠しても外妊だろう。
それは運命に委ねることにする。