一人きりの病室は時間があまりにあり過ぎて、身体の療養としてはいいのかも知れないが、思うことがあり過ぎる心の療養にはならない。
五日前、娘婿との山行で足を怪我し、突然の天気の急変で見知らぬ山小屋でのビバーグを余儀なくされた夜の闇の中、台風のような雨音と強風、そして肌が痛くなるような真冬のような冷えと寒さ。そこで間違いが起きた。
暗い闇の中で私はシュラフの中に一人いた。娘婿はおそらく板の間に身を竦めて、濡れた服のまま、冷えと寒さに堪えているはずだった。シュラフの中の、私一人の身体だけ温かかった。顔を出すと、冷気と寒さが痛みのように感じられた。 強い雨と風が何秒間かぴたりと止む時があって、その静寂の時、かすかな物音が聞こえた。
私は迷っていた。義理とはいえ男の息子を、この冷気と寒さの中に置いて、私一人だけが温みの中にいていいのだろうか。一人用のシュラフだったが私の身体が小さいので、無理をすればどうにか彼も中に入れるのではと思った。
しかし、彼は男で、六十三歳とはいえ私は女。
私がシュラフに入る前、彼から、僕は大丈夫ですから先に眠ってください、と優しく気遣いされたが、眠ることは当然できなかった。
私の逡巡の時の経過は、彼の身体をさらに冷え込ませるだけでしかなかった。彼も中に入ったらと私は決断した。息子と母親が寒さを凌ぐために身を寄せ合うのだ、と割り切った。
彼にもやはり躊躇いめいたものがあり、何度かの言葉のやり取りはあったが、彼は私の申し入れを受けた。
シュラフのファスナーが開き、大きな彼が私の背中のほうに入り込んできた。一人用のシュラフでは、二人背中合わせという姿勢はとれない窮屈さがわかったが、それは仕方のないことだった。衣服を通してだが彼の固い身体の感触が、私の背中にはっきりと伝わり、彼の男の体臭も鼻腔につき、息の音もしっかり聞こえた。
冷気と寒さからの回避はなったが、私もそしておそらく彼も、普通に睡眠はできなくなっていたのだろう。
狭くて窮屈なシュラフの中で、彼の手が私の腋を潜り前に出てきていた。その時の彼の手の動きは、単に窮屈さからの回避だけだったと、私には思えた。睡眠だけを単純に求める二人ならよかったが、私も彼も感情と思考のある人間で、そして男と女だった。
彼の手が私の胸を押さえてきた。眠れないでいた私の心は動揺した。彼の手はそのまま動いてくることはなかった。しばらくして私はさりげない動きで彼の手をゆっくりと払い除けようとした。しかし彼の手には意思的な力が入っていた。
今思いかえすとこの時に、彼よりも遥かに年齢を重ねている私が意志を強く持って、断固とした拒絶の態度を取るべきだったのだと悔んでいる。もっと毅然とするべきだったという慙愧が、今も心に深く残っている。
どのくらいの時間かもわからなかったが、私の胸を押さえた彼の手の力は抜けることはなく、指が微妙な動きを続けて、そのまま時間はさらに過ぎた。
いつの間にか私は私の身体にシュラフの温みだけとは違う、熱気のようなものを感じていた。私のうなじのあたりで彼の息が大きく聞こえていた。彼の体臭が強く私を刺激してきた。
恥ずかしいことだが、自分が自分でなくなっていった。義理の息子である彼をシュラフに、自ら招き入れた時の感情が消えかかっている自分に、私は気づいていた。
ブラウスのボタンを外しにきている彼の手を、遮ろうと力を入れていたつもりだった。しかし意識的な彼の力に、私は抗う力は無論だが理性の心までが、淫らな昂まりに屈するかのように喪失しかかっていた。
それは今だから書ける屁理屈にしか過ぎない。シュラフの中で、私は強い抗いもしないまま、衣服を脱がされ、肌に直接の彼の手と口の愛撫を受け、ついには唇も塞がれていた。
やがて私は全裸にされた。
暗い闇の中で、強い拒絶の声を出してでもの、断固とした抵抗もほとんどないまま、動く黒い塊りと化した彼のつらぬきを受けたのは、それからしばらく後のことだった。つらぬきを受ける前、彼の舌と歯で乳房と乳首へ、愛撫を受け続けた時、伸び切った糸が切れたような感覚に陥ったのを、今も記憶している。
そして彼の愛撫に、身体だけでなく心まで陥落の憂き目に合おうとしていた。そこから後は、自分が自分でなくなってしまっていることを自覚しながら、彼の責めに抗うこともなく、六十三歳という年齢でありながら、私は愚かな女の性を晒し、喘ぎ、悶え、狂うしかなかった。
そしてその相手は、こともあろうに自分の娘婿である。今こうして生きていることすら許されない大罪で、万死に値する恥辱であり、不貞の行為だ。
この報いはいつの日かきっと自分に降りかかる。そのことは当然の覚悟だ。しかし私には彼を責めるつもりは毛頭ない。義理とはいえ親子で、恥辱的な行為をしたという事実はあったとしても、脅迫的に彼が私の身体を抱き、弄び、暴力的に犯したのではない。
全ての要因は、無駄に年齢を重ねた私の人間としての愚かさにあり、彼は私の誘いに乗せられただけで、不覚な若さを露呈してしまったに過ぎないのだと、私は本当にそう思っている。
彼を私は決して責めはしない…。