今、私は叔父さんのマンションの部屋からカキコミしてます。
両親は、四月から大学に通う為、アパートで一人暮らしを始める兄の引っ越しの手伝いに、二泊三日で出掛けました。
その間、私は小さい頃から可愛がってくれてる叔父の家でお世話に成る事に・・・
叔父は、母の弟で三十代、独身、長身で東幹久に似た感じです。
ただ、お酒を飲むと、エロオヤジに変身して、少しロリが入るのが×ですが。
小さい頃、兄と二人で遊びに行くと、休みでのんびり缶ビールを片手にしてると、エロエロオーラがチラチラしてて、私達がテレビの前に陣取り、ゲームをしてると、後ろから私を抱え込む様にアグラの上に座らせると、決まって脚を撫で始め、対戦ゲームをしている私達に、一方的に私を応援すると、兄は無機になりテレビの画面に集中し、私の方など見る余裕なと無いほどで、叔父はラクラクと私のスカートの中に手を差し延べならが、兄より少し後ろに下がり、死角を造りショーツの上から触って来ていました。
時々叔父の顔を見上げ、ブゥ~ッ、て顔をすると、叔父もベェ~ッ、てしてました。
またに、お泊りで遊びに行くと、やはり同じ感じで触ってきてて、夜、三人でお風呂に入ってる時に「新しいゲームソフト欲しいなぁ」って言うと大体買って貰えてた。
私も子供心に、交換条件、の様に思っていました。
兄は高校生になると、ほとんど叔父の家には行かなくなくなりましたが、私は月に二、三回は土曜日になると、父達の許可を貰い下着とパジャマを持って遊びに行っていました。
叔父の家に行く一番の目的は、ゲームをする事でした。
家では、テレビゲーム自体が好きでは無く、ゲームをしてると機嫌が悪くなるので我慢してました。
一方叔父は、ゲームが好きで、私なかんより上手でしたが、お酒を飲みながらは大変でした。
「負けたら罰ゲームね」とか言ってエッチな事されてて、五年生の時にファーストキスを罰ゲームで奪われたり、野球剣みたいに負けたら服を一枚づつ脱いで行くペナルティー何かもありました。
そんなエロイ叔父でしたが、何故かそんな事をする叔父でしたが嫌いならなくて、反対にそんな叔父の事を好きになっていました。
変かも知れないけど、六年生になっても叔父と一緒に入浴してました。
五年生の時、男女の違いやある程度の性知識は有り、父とは入らなく成りましたが、叔父とは普通に入ってる事は内緒でした。
内緒の理由は、お風呂場でのエッチな事です。
触られたお返しに、おチンチンを触り返したり何かは毎回で、罰ゲームで胸を触られたり、バスマットの上で開脚、とかもさせられたりもしてました。
その時の叔父の視線が、開脚の中心のワレメに集中してるのが一目瞭然でした。
私はその時、(叔父さんは私の体に興味があるんだ)気付き、それ以降はわざとエッチな格好やお風呂の時に脚を広げて体を洗ったりしながら叔父の様子を伺っていました。
五年生から六年生になる春休みの時、おチンチンの勃起、を知り叔父で試して見ようと思い行動に移しました。
真夜中、叔父のパジャマのスエット少しだけずり下げ、トランクスを捲るとダラァ~としてて、恐る恐る触ってると何と無く固く成りはじめ、先っぽまで固く成ってきて初めて見た勃起おチンチンにビックリしてたら、いつの間にか目を覚ましてた叔父に捕まり、バジャマや下着を全部脱がされ、「今度は叔父さんの番だからね」て言われ、いきなりオマタのワレメに口を付けてきて、犬みたいにペロペロ舐められ、指で触られるより気持ちが良くて、無抵抗でいました。
実は、叔父に指で触られると気持ちが良くて、触られる事を小さい頃から期待していました。
気が付くと「痛い」と叫んでいました。
叔父が挿入しょうと、膣におチンチンを少し入れた瞬間でした。
太股を思い切りつねられる様な痛みで、反射的に体をよじったら、抜けたみたいでホッとしましたが、「ゴメン、ゴメン」と今度は脚を閉じさせられ、おチンチンを私の脚の間に挟む様にしてきました。
(素股って言うやつですね)
ヒェ~~ッ、と思いながらいると、おチンチンが動く度に指で触られてる(クリです)所に、おチンチンの傘の部分がグリグリと引っ掛かる度に、言い様の無い気持ち良さが沸いて来るのが分かりました。
ハァ~ッ、と感じでいると、ベチャッと顔や胸辺りに何かが飛んできて、青臭い匂いがしてオェッ、しましたが、直ぐに精液だと分かりました。
耳年増の友達より、実際に体験してる私は凄い
て訳の分からない優越感でいました。
眠くなったので一旦、終わります。
すみません。
おやすみなさい