その日も食事が終わると、息子は急いで二階に上がって行きました。
「あなた、あの子最近おかしくない?いつもうつむいたままで。」
「そういう時期なんだよ。思春期だからしかたないよ。」
「でも気になるの、部屋に行ってなにかあるのか聞いてこようと思うんだけど」
「今から?ほっとけばいいのに。」
主人は私の話なんか興味なさそうで。それよりテレビのバラエティ番組に夢中でした。
ほんとは主人にあの日の出来事を話し、三人で話し合いたいのですが、やはりそれは。
私は一人二階に上がりました。息子の部屋の前に立ちます。やっぱり不安でした。
あんな事あった後ですから。でも家族のためです。一度気持ちを落ち着かせ、思い
切って息子の部屋をノックしました。
「・・・・・」でも返事はありません。
「母さんよ開けて、」
もう一度ノックします。すると部屋のドアが開き、うつむいた息子が。
「話があるの、入ってもいいでしょ。」
私は返事も聞かず、ドアを開けたまま部屋の奥へ。扉を閉めて二人きりになるのが
まだ怖かったからです。
部屋はきちんと整理されていました。机には数学の教科書とノートが。きっと勉強中
だったのでしょう。息子に勉強しろなんて、言ったこと無いのに、いつも自分から。
ほんとに立派な子です。
私は一番奥のベットの上に座りました。
「ドアは閉めないで、こっちに来て。」
息子は逆らわず、私の前の勉強机の椅子に。
下からはテレビの音と主人の笑い声が聞こえてきます。
「何の話かわかってるでしょ。」
私は主人に聞こえない様、出来るだけ小さな声で尋ねまた。
「・・・・・・」
息子は黙ったまま下を。
「黙って無いで何か言って。」
言いたいこと沢山ありました。でも息子の話を先に聞くのが先です。
「・・・・・・・」
「おねがい。何か言って。」
すると突然息子が、小さな声で「ごめんなさい」とぽつり。
「え?」
私、思わず聞き返してしまって。何の言い訳もせず謝ってくれるとは思ってなかっ
たのです。
「ごめんなさい、母さんにひどいことして。」
今度はもう少し大きな声で。すると、下を向いている息子の肩が震えだし、目から
涙が。きっと、私だけでなくあの子もずっと悩んでいたんです。
「ごめんねしんちゃん、しんちゃんも辛かったのね。」
「母さん、ごめんなさい。」
そう言うと息子は立ち上がり、私の脚に抱きつきました。そして、膝の上で泣き崩
れたのです。息子の涙がスカートを濡らし、私の脚にも伝わりました。
「ねえ、忘れましょ。あれは事故よ。母さんのせいなの。あなたは悪くないの。
ねえ、忘れましょ。」
私も涙が出て止まりませんでした。私の涙が息子のシャツを濡らします。息子は泣
きながら膝の上でごめんなさいを繰り返しました。私はそれ以上何も言わず、ただ
息子の背中をさすり続けました。
それから何分たったでしょうか。息子の寝息が聞こえてきました。私の膝の上で眠
ってしまったみたいです。私は息子の頭とベットの間からそっと脚を抜きました。
何年か前なら息子を持ち上げてベットの上で寝かしてやったのですが。今は大きく
なり過ぎてどうすることも。仕方なく、寝てる息子に布団を掛け、部屋の灯りを消
して下に降りました。
そして、私は濡れたスカートを脱ぎパジャマに着替えて居間に。主人はまだテレビ
を見ていました。
「あれ、めずらしいな、こんな時間から寝巻なんて。で、どうだった?」
主人が聞きます。
「あの子も思春期なのね、色々悩みがあるみたい。」
「そうだろ、なんだって考えちゃう時期だから。でも、たいした悩みじゃないん
だろ。だったら、ほっとけばいいよ。」
「そうね、それがいいかもね。」
主人は何もわかっていません。でもいいんです。息子の気持ちがわかったから。
それがすごく嬉しくて。きっと明日から三人仲良く過ごせる気がします。