帰り道
『あいこ』たち親娘と、笑い合いながら『茶碗蒸しプリン』を食べる僕は、ふと、心にモヤモヤするものを感じていました。
何だか分からないけど、淋しいような、悔しいような、羨ましいような、ハッキリしない感覚でした。
この場の雰囲気にそぐわない、この嫌な感覚を、心の端っこの方にギューギューに押し込めながら、僕も笑ってました。
気が付くと、狂気じみていた『陽射し』は、窓から差し込む優しい『日差し』になっていました。
「『あいこ』、ともくん送って行け! ともくん、『リッちゃん』と『まさちゃん』によろしくな? 『旦那』にも、ついでにヨロシク!」
空がスミレ色に変わる頃、テンションMAXになったお父さんが、僕を送り出してくれました。僕が来た時は、ホントにやっと、や~っと会話をしている感じだったんですが、僕が帰る頃には見た目、普通にしゃべっていました。
「また、来いよ! いつでもな?」
「はいっ、また来ます!」
ちょっと、前のめりになってる感じのお父さんを、そっと、お母さんが肩を抱いて抑えていました。
「『あいこ』、早く行きなさい。パパが後を追っかけちゃうから。」
お母さんは嬉しそうに笑って、僕たちを見送ってくれましたが、『テンションが異様に上がってた』お父さんを凄く心配しているようでした。
スミレ色の空が紫色に濃く染まると、町並みも人通りもひとつに溶け合って、また現実感の無い空間に変わってきました。
紫色の深い海に、発光する深海魚たちが泳ぐように、ぼんやりとした光がフワフワと漂っていました。その中でハッキリと白いワンピースはポワッと浮かび上がっていました。
せっかく、お父さんに雰囲気を作ってもらったのに、僕は『あいこ』とふたりっきりになると、またグダグダでした。『気まずさ』ばかりがドンドン溜まる胸が、ヘソの下まで垂れ下がっていました。
せっかく、お父さんに『秘策』を伝授してもらったのに、追い込まれ過ぎた僕は、またやってしまいました。
「…パンティー、何枚持ってるんですか?」
「……………、はあっ?」
振り向いて叫んだ『あいこ』の『はあっ?』が、僕の額に刺さりました。気まずい空気に限界まで浸かって、窒息してしまった僕は、何の脈絡も無い問いを、また、またしてしまいました。
「何で、そんな事、聞くんだよっ!?」
当然ですけど、『あいこ』が怒っていました。でも、どうせ僕は『相変わらず』なので、何にも考えず『素』のままで聞きました。
「銀色のヤツ…、無くしちゃったじゃないですか…。あれ、カッコ良かったから…、」
「………、まだ、あるよ。」
「…何枚くらい?」
「お前、バカだろっ!?」
紫色の深い淀みに隠れた中から、『あいこ』の呆れ返った声が聞こえました。表情は朧げだけど攻撃的な視線がビンビン伝わってきました。
「…はい、でも、」
「でも、何だっ!? ハッキリしろっ! お前、イラつくんだよっ!!」
「…銀色は、特別に意味があるって…、姉ちゃんに聞いたから…。」
『怒りモード全開!』一歩手前の感じだった『あいこ』のオーラは、急に僕の台詞で収縮していきました。
「な…、な…、何だよ…、意味って?」
「あの…、その…、」
「てめぇ~~~っ、マジで、ぶっ飛ばすぞっ!?」
「ヤリたい時に、履くんでしょ?」
「!!、!!、!?」
「違いますよね? やっぱり…」
紫色の薄暮が終わり、夜の黒い幕が下りてきました。僕の目にも『あいこ』が物凄く恥ずかしそうに困って、茶髪をグシャグシャと掻きむしる様子が見えてきました。
「ちっくしょ~~~っ! …何で、バレてんのかなぁ…?」
「えっ!? マジ?」
「何だよ…、悪リぃ~かっ!?」
「いえ、すいません。ありがとうございます。」
「………、何だぁ、それ?」
噛み合わない会話にイラつきながらも、『あいこ』は僕に付き合ってくれました。
僕は姉の言ったコトが本当で、こんなにバレバレな意思表示をしてくれていたのに、全く気が付けてなかった自分が、ほとほと残念に思えました。
「見つけらんなくて、すいませんでした。」
「いいよっ!」
「でも、」
「いい~~~って!!」
『あいこ』は、グダグダで残念な僕の話しを、ぶった切るように吐き捨てました。驚いて目を合わせてしまった僕を、ジッと見て言葉を続けました。
「…まだ、いっぱい持ってるから、いいよ…。」
「何にも、分かってなくて、すいません…。」
「ウゼ~よ! もう、いいっ!」
僕は『もう、いいっ!』の意味が、『拒絶』なのか『許諾』なのか解らず、身動きが出来なくなりました。しだいにネガティブな空気が僕を包み込みました。でも、その考えは間違っていました。
「…これでもさ、ともゆきのコト、あたしは理解してるつもりだよ。」
『あいこ』が僕を諭すように優しいトーンで話してくれました。僕は『ともスケ』じゃなく、ちゃんと『ともゆき』と呼んでくれたコトに『ドキッ!』としてしまいました。
「だから、もう、いいよ。」
僕はバカです。多分、この時、この国一番のバカでした。姉の言う通り『あいこ』は解り易い人でした。でも僕は何にも解っていませんでした。
何が一番解ってないかって、自分で自分自身の事が全然解っていませんでした。
そんなバカのところに、わざわざこの人はセックスをヤリに、やって来てくれました。でもその時、僕は事もあろうに姉との『近親相姦』の真っ最中でした。
「…これでもさ、…我慢してるコトも、あるんだよ…。あんたもさ、さっき、我慢してプリン食ってたろ? そういうコトだよ。」
それでも『あいこ』は、僕たちを批難したりせず、スルーしてくれました。さらにその後、僕とセックスしてくれました。
それなのに僕は、あの時『あいこ』が来てくれた理由を聞いてしまいました。
僕は、逆に『あいこ』の立場だったら『どうだった?』とか、ちっとも考えられませんでした。
きっと、あのみんなでプリンを食べていた時の、僕の居心地の悪さ以上の感情を抱いていた筈なのに…。
それも、あんな綺麗な思い出の中の、わだかまり程度の小さなモノではなく、もっと大きなドス黒い感情の筈です。
『疎外感』ではなく、『嫌悪感』。
それとも、もっと強烈に相手が嫌いになる『ナントカ感』だと思います…。僕の残念なボキャブラリーでは、その、『破壊力のある名詞』が浮かんできません。
自分が好きな相手を訪ねて行って、そこで近親相姦の現場を見ただけでもショックなのに、その後、無神経に『訪問理由』を聞かれたら? 僕は最悪だと気付きました。
今やっと僕は、『あいこ』に限りなく強烈な『近親相姦に対する拒否反応』を感じさせてしまったんだと、無茶苦茶、後悔しました。
そんな『異常な事を異常とも思っていない』バカ丸出しの僕と、今、いっしょに同じ道を歩いてもらっているだけで、物凄く申し訳なくなってきました。
たまらず僕はダッシュしました。
50mダッシュ一本、全力で行かせてもらいました。
「『あいこ』さん! すみませんでしたっ! ホントに本当に、すみませんでしたっ!!」
僕は『あいこ』に振り向いて、全身全霊で謝りました。頭を下げただけじゃ全然足りないと、本気で思って土下座しました。
「本当に、すいませんでした!」
時が止まりました。ほんの1秒か、それとも1分か、はたまた1時間か、1日、1週間?、1ヶ月?、1年?。僕の時計を動かす人は、確かにこの時、僕の時間を凍結していました。
すると、地面にこすり付けた額に、震動が伝わってきました。僕の時計が動き出しました。地面から反響した音で『あいこ』が走ってくるのが分かりました。
「オラアアアァーーーッ!!」
怒鳴り声を上げながら走ってきた『あいこ』が、僕の頭のすぐ側で急停止すると、ポロシャツの襟を物凄い力で掴みました。
僕の顔が地面から離れたと思ったら、一瞬、正座の姿勢のまま、強引に持ち上げられました。『あいこ』は、とても女の腕力とは思えない力で、僕を引っ張り上げて立たせました。
「やっと、やっと、分かったかーっ!? この、くそガキぃイーーーーーッ!!!」
僕は胸倉を掴まれて、物凄い形相の『あいこ』に睨まれました。でも僕は目を逸らさずに謝りました。
「『あいこ』さん、す…、」
その途端、物凄い力で抱きしめられた僕は、『あいこ』に『チュー』をされてました。
それは、ホンのちょっとの間でしたが、僕には永遠にずっと、ずっと、続けてたような、ずっと、ずっと続けられるような、とても幸せな『チュー』に感じられました。