私に向けられる美穂の冷やかな視線。私は全身が凍り
つく思い出で耐えています。傍からは、其れとは分らな
い言葉の端々が、無慈悲に心の手足を切り裂き奪って行
きます。ダルマ状態の私は手を合わせ許しを請う事すら
許されず地べたを這いまわっています。
「何!お母さん!」
「いえ 何も無いわ」
「言いたい事有れば どんどん言っていいのよ お母さ
んなんだから」
二の句が継げず、目を伏せた私は、喉まで出て来た言葉
を飲み込んでしまいました。
美穂の受けた心の傷の深さを考えると、怨む事すら出
来ません。けど私 とても耐える事出来ません。
私は、美穂の部屋の前に立って躊躇しています。全て
を話した所で分って貰える筈も無く、傷口を広げる結果
に終わる事も考えられる訳で、諦めが先に立った私は、
立ち去ろうと体を返した時、見ていたかの様なタイミン
グで、美穂の声が私の足を止めました。
「何!話したい事でもあるの!なら突っ立てないで入っ
たら」
汚物に群がる蛆でも見る様な視線を向けた美穂は、直
に顔を背け膝を抱いています。私はポツリポツリ話し始
めました。
「分ってとは言わないわ でも全部聞いて ただ聞いて
て お母さんが小さい時...」
時折耳を覆ったり、膝を強く抱いたりしながら聞いて
居た美穂が、額を膝に乗せて動かなく成りました。
「お父さんも大切だけど お兄ちゃんも愛してるの 分
ってとは言わないわ 聞いてくれて有難う」
ドアが閉まるまで美穂は一言も喋りませんでした。
あれから美穂の視線が柔らかく成った気がします。