自分の母親だと分かったのは、妊娠した子供が障害を持って生まれ出産後間もなく亡くなったからだ。
医師の勧めで遺伝子検査をしたら、愛人だと思ってた女と生物学上の親子関係が認められた。
バカバカしい結果に納得がいかず、民間も含めて10以上の機関にDNA鑑定を依頼した。
漏れなく親子関係が認められる結果が出た。
これを機に今までの半生を振り返ってみたくなった。
うる覚えだから所々曖昧だったり抜けたりするかもしれないが御容赦願いたい。
物心ついた時から母親がいなかった。
親父の女らしいのは何人もいた。現れたと思ったら消えていった。
この親父は最後まで何をしてるのか分からんかった。
胡散臭い事して金稼いでるとしか言いようのない人だった。
子供の頃から金には困らなかったけど、ガラの悪い奴と連んでたから、親父に怯えてた記憶しかなかった。
母親のことを尋ねたことがあった。
親父は不機嫌になり母親は出て行ったと言うだけだった。
俺という存在が疎ましかったみたいだが、唯一の良心が残ってたらしく、それなりに育ててはくれた。
ああいう家庭環境だったから、俺は情というものを家の外に求めた。
学校の先生や友達の親にかまってもらおうとした。
親父の存在があったから距離を取ろうとする大人もいた。
だが、基本的には、いい大人に恵まれていたのだと今になって思う。
親父はヤクザだったのか半グレだったのか、よく分からなかったけど、周りの大人からは嫌悪されていた。
だからなのか、俺が大学2年ハタチの時に轢き逃げされて死んだ。
事故なのか事故じゃないのかは今でも分からない。
分かりたいとも思わない。
ただ、自分でも長生きできないと分かってたのか、何かあった時のために俺が困らんように残す物は残しておいてくれていた。
親父の友達と名乗るイカついオッサンが葬式から何から何まで段取りしてくれて、親父の遺産を相続するために、親父の弁護士に合わせてくれた。
学生だったこともあって、イカついオッサンが卒業するまで面倒みてくれた。
後見人だったけか?親父の遺産は俺が相続したけど管理は身なりのいい弁護士が大学卒業するまで管理することになった。
流石に成人してたけど10桁近い資産をいきなり自分でっていうのはしんどいだろうと言われた。
イカついオッサンはそっち系の人だったから、俺の将来を考えると関わらない方がいいだろうと言って弁護士に任せた。
この時思ったのは、金とか遺産とかより、母親のことを知る術がなくなったのが残念だった。
弁護士曰く、親父と婚姻関係にはなかったらしく名前も知らないので連絡の取りようがないとのこと。
本人は死んだから迷宮入りした。
母親がいないのが当たり前だったから親父が死ぬまで忘れてたぐらいだ。
だが、永久に分からないとなると、胸にぽっかり穴が空いた感じがした。
だが、その喪失感はすぐに埋まった。
毎月、イカついオッサン(本名は避けます)が月100万ずつ口座に振り込んでくれたからだ。
親父にどんな借りがあるのかは知らないけど、卒業するまで毎月毎月振り込んでくれるから、新しい世界を見る事ができた。
恥ずかしい話、全身ブランドで固めたこともあった。
今まで陰キャのボッチだったのに周りに女子が集まったり、取り巻きみたいのも寄ってきた。
高級焼肉店やら高級中華料理店に女の子とデートすることもあった。
しかしいいことばかりでもない。代償に就職は苦労した。
大学の成績は悪くなかったはずだが、名の通った企業には全落ち、公務員すらダメだった。
弁護士の計らいか、それとも遺言か、俺は親父の妹と養子縁組して新しい姓になっていた。
しかし戸籍等々を調べればすぐに本当の親が誰なのか分かる。片親で死んだ親父がああいうのじゃ雇ってくれる会社は殆どなかった。
公務員なんてもっての他だった。
実力不足だったのかもしれない、俺が勝手に家庭環境のせいにしてるのかもしれない。
しかし、俺よりも成績の悪い奴が俺の代わりに採用されるのを横目で見ていると腐っていくのも許してほしい。
なにより、やっぱり俺は親父を意識してた。
親父みたいな人間にはなりたくない、キチンとした人間になりたい、有名企業に就職して親父とは違うと証明したかった。
そういう半端な動機がいい訳を生んだのだと思う。
全てを親父と環境のせいにした。
就職の失敗は親父のせいだ。
もう就職しない、親父の金で暮らすことにする。
働かなくても金ならある。
そんな思いから堕落した生活が始まった。
大学を卒業したら弁護士の管理を外れた財産を自由にできた。
大学の後輩に用意させた女子大生やスカウトのバイトをしていた同期に女を回してもらったりした。
タワマンに女を連れ込んでダラダラ暮らしていた。
半年で1億近く使ったか。
このままではダメだと分かっていても、何をすればいいのか分からなかった。考えたくなかったのかもしれない。
親父の金で暮らすことに嫌悪感があった。
自分の金ではなく、見下していた親父の金でっていうのがイラついた。
ある日、イカついオッサンが様子を見に来た。
「遊ぶのもいいが、男なら何かしろ」と言われた。
親父が俺の年の頃は金を稼いでいた。
イカついオッサンは親父の話をしてくれた。
大声で話せる話ではなかったけど、少なくとも親父は、肩書きや遺産には頼らないで自分で生活をしていたらしい。
自分が情なくてボロボロ泣いてしまった。
社会的に良い人達ではないが、俺みたいにズルい人間じゃないし、言ってることは間違ってなかった。
だからこそ、自分が情なくて涙が止まらなかった。
その日以降生活を改めて、自分の将来と生業を考えた。
イカついオッサンと週一で飯を食いながら親父の昔話を聞いたりして、何がしたいのかを模索した。
親父は色々手を伸ばしていたらしい、その中に土地や株とかもやっていたと聞いた。
興味を惹かれた俺は株に手を出した。
イカついオッサンに知り合いを紹介してもらい株の勉強を始めた。
イカついオッサンは、俺が就職に失敗したのは自分にも責任があるのではないかと気にしててくれたので、色々助けてくれた。
親父と話して、息子の俺はカタギの人間に育てたいと思っていたのだろう。
距離を取りつつ助けてくれたり諌めてくれたりした。
株、先物、為替でなんとか自分で稼げるようになると、イカついオッサンと会う頻度も少なくなっていった。
歌舞伎町だったか、囲ってた女が働くキャバクラに大学の同期と行った時だ。
俺が会計をしようとしたら既に会計済みだった。
いつの間にかイカついオッサンが金を払ってくれていた。
店に居たのだったら声を掛けてくれてもよかったし、俺から挨拶にも行った。
でも同期と一緒に呑んでいたのを見かけて気を使って黙って帰ったのだろう。
それから俺達はお互い丁度いい距離感を取るようになった。
街で出くわすことがあっても、気付かれないぐらいの会釈や目線で挨拶する程度になった。
基本的に俺の仕事は端末さえ有れば何処でできる。
だいたいは家でするが、散歩中にスマホからでもいい。
タイミングが合わなければ1週間休むこともある。
これといって趣味もなく、誘われなければ飲みにも行かない。
大学時代に知り合った輩とも縁を切ってたから、危険な遊びとも縁がなかった。
唯一、女ぐらいがストレス発散だった。
昔囲ってた女や面倒みていたスカウトから紹介してもらって女を調達していた。
なかなか好みの女と巡り会えない時は、ソープの常連になってそのまま囲ったソープ嬢もいた。
話が前後するが、俺は親父が16の時に生まれた。
母親は14歳だったらしく、当然だが14歳差だ。
物心ついた時には母親がいなかったので、母親が17,8の時に家を出て行ったことになる。
この母親と再会(?)したのは愛人を探していた時分だ。
自分の金で遊べるようになった26,7の頃、当時囲ってた女に何人か女を用立ててもらった。
ホテルの一室で乱交に興じる為だった。
一人20,30万渡せば女はゴロゴロやってきた。
女が女を呼んでくるカラクリだ。
ピンキリだが概ねそれなりの女達だった。
たまーにハズレもあるけど、それはそれで。
2年ぐらい前か、年下や同い年に飽きて熟女がいいと言って何人か用立ててもらったことがあった。
その中の一人にルミという女がいて、妙に惹かれた。
他の女達も全然良かった。スタイルも顔もいい女ばかりで、20代に負けないぐらいの女ばかりだったが、何故かこの女に惹かれた。
水商売を転々とし、同棲してた男に借金負わされて困っていた。
俺は男と別れる条件に1600万の借金を肩代わりした。
そして、そのまま自分の家住まわせた。
取り分けこの女のセックスが良かったわけではない。
他に付き合っていた女や囲ってた女の方がいいぐらいだ。
波長というかルミの人間性そのものが心地よかった。
セックスも快楽より愛情を感じるモノだった。
この時は知る由もなかったがルミは俺の母親だった。
母親というものを知っていれば、もしかしたらルミが母親だと気づいたかもしれない。
なんとも言えない感覚だった。
俺はルミに何を求めていたのだろうか、他の女達とは違う特別な存在だった。
大学時代からの付き合いがある女に「その人のこと好きなんじゃないの?」と言われた。
たしかに、俺は金で女を買って、生意気にも愛人などというものを囲っていたが、本気で好きになることはなかった。
女を手頃な性欲処理の道具としか見ていなかったのだろう。
手料理を作らせたり、買い物に付き合わせたり、俺がルミに求めたものは他の女とは違っていたのかもしれない。
なにより俺はルミの笑顔が好きだった。
ルミとの日常に居心地の良さを感じ、人生の中で抱いたことのない感情が湧き始めていた。
守ってやりたい、喜ばせてやりたい、悲しませたくない。
色々な感情を経験した。
ルミの事を知りたい欲求も当然の如く生まれた。
ルミは最初こそ教えてくれなかったが、徐々に話始めてくれた。
ルミは責任を果たせない両親に育てられた。
家に居場所を見出せず外で過ごす事が多かったため、年上の悪い男の子供を中学生で妊娠出産。
その男と暮らすも生活は安定せず育児ノイローゼになった。
些細なことで起きた男との喧嘩が発端になり心が壊れて家を出た。
家を出て実家に戻ったが、やはり両親とも反りが合わず成人したと同時に一人で暮らすことになった。
二十代前半の頃、まともな男と付き合うことになり人生が好転したらしい。
その男のお陰で笑顔でいられるようになり、何事も前向きになれたそうだ。
ルミの変化は人間関係にも影響したようで、良い人達に恵まれらようになった。
次に付き合うことになった男に連帯保証人を頼まれても、疑うことなくサインをした。
そして2000万近い借金を背負わされても腐ることなく返済することにしたらしい。
ルミの話を聞いている間、俺は無意識に涙を流していた。
ルミが俺の涙を拭い取って「なんでアンタが泣いてんのよ」とニコッと微笑んだ。
ルミの話の中で一番辛かったのは、借金を背負わされた件で、「体売ればなんとかなるしね。アタシ、年の割にはいい体してるでしょ?」と冗談混じりに笑った顔が愛おしくも哀しかったからだ。
不思議なことに、騙されているのかもしれない、詐欺かもしれない、同情を誘って金を求めてくるかもとは、微塵も思わなかった。
今まで何十人と女を買ってきた。その中には美しさと強欲さが比例してる女もいた。
そんな連中を相手にしていると自然と猜疑心が強くなるのだが、ルミを目の前にすると俺の中にはルミへの愛おしさで満たされてしまう。
そして、このままルミを野放しにすると男の悪意で押し潰されてしまうのではないかという不安もあった。
ルミを手放したくない思いから結婚を求めたが「他の彼女さん達に悪いわよ」「借金肩代わりしてもらっただけで感謝してる。愛人として恩返しさせて」とかわされ続けた。
目の前に居るのに手に入らない、煙を掴むようなもどかしさを他の女で発散しようとするが、虚しさが増すだけで何の解決にもならなかった。
ヤケになってルミに当たることもあった。
「俺の何がダメなんだ!俺を愛せないか!?」などと情けないことまで叫んだこともある。
その度に「貴方の迷惑になるから」と自分のことより俺を気遣う言葉で俺を刺してきた。
ベッドに押し倒し激しいセックスで復讐しても、ルミは包み込んで悪意を浄化してしまう。
そんな不毛な日々が一年を過ぎた頃、ルミが妊娠した。
ルミは家を出て自分一人で育てると言った。
しかしルミの過去を知っている俺は反対し、一緒に育てたいと留意させようとしたが、ルミは家を出てしまった。
興信所にルミを探してもらいたく依頼したが、DVが疑われたのか依頼を断られた。
気が進まなかったが、イカついオッサンに泣き付き融通効くプロを紹介してもらった。
イカついオッサンの紹介だが、こちらの足元を見られて相場の2,3倍近く請求されたが、二つ返事で金を払った。
2週間もしないうちに連絡があり、事務所に赴いた。
ルミは安いラブホやネカフェを泊まり歩きながら職と住居を探していたようだ。
住所が無きゃまともな仕事なんか見つからないだろし、収入が無きゃ住居なんて見つかるわけない。
妊娠中なのに無茶をしているルミに腹が立った。
探偵もどきの車に乗ってルミが滞在していたラブホに向かった。
車の中からルミが出てくるのを待った。
6時間ぐらい経過し、日が沈んでネオンが輝き始めるとルミが出てきた。
俺はすぐさま車を降り走った。
ルミに駆け寄って本人であることを確認したら、ルミを平手打ちした。人生で初めて女を叩いた。
ルミは目を合わせてくれなかった。
探偵もどきが仲裁にはいり、俺とルミはビジネスホテルの一室で話し合うことにした。
二人っきりの部屋で俺は何も話せなかった。
言いたいことは山程あるのに言葉が出てこなかった。
言葉を考えているうちに俺は寝てしまった。
ルミが見つかるまで睡眠らしい睡眠を取ってなかったのと、ルミが見つかった安堵感と共に疲労感が一挙に襲いかかり寝てしまったようだ。
目を覚ますとコートが掛けられていた。
ルミがまた居なくなっていないかと不安になり椅子から立ち上がって部屋を見渡すし、トイレからでくるルミに安心した。
「ふふ、どうしたの?慌てて」ルミの笑顔を久しぶり見た。
釣られて俺も笑った。怒り、不安、悲しみ、入り混じった複雑な感情はルミの笑顔で解消された。
「もう一回一緒に暮らそう。」スッと言いたかった言葉が出た。
ルミも何も言わず頷いた。
翌日からまた一緒に暮らし始めた。
ルミと暮らしているうちに自然と他の女達とは切れていった。
一人だけ大学時代からの女だけは残した。
この女とは一番長いので要らないことまで相談したりしていた。俺は勝手にこの女をメンター扱いしていた。
ルミとの関係も知っているので相談しやすい。
もちろん性欲処理の観点からもルミ以外に誰かしらいてもらいたいのもある。
毎日のように乱交していた頃に比べれば、だいぶ落ち着いた方だと思う。
穏やかな日々の中で、ルミの腹は大きくなっていた。
父親として初めて定期検診に行ったとき、幸せな時間は終焉を迎えた。
エコーで確認すると、どうも胎児には障害があるのではないかと医師が言った。
手足が短く心臓も動きが悪いと言われた。
最悪、死産の恐れがあり、出産を早め帝王切開の可能性もあると説明された。
ルミも40代での妊娠だったので母体の心配もあった。
これから家族3人で暮らしていこうと思っていた矢先。
暗く重い雰囲気が家を支配した。
流石に明るく前向きなルミも笑顔を忘れて悲しみにくれた。
自分の事ならどんなに苦労しても頑張れるが、子供が障害を持って生まれてくることは辛い。
数日後、検査のために病院に行った。
医師も頭を抱えていた。経験がない事例だったらしい。
色々な検査をしても原因と胎児の症状が噛み合わないようなのだ。
先天性の遺伝子異常によるものというアバウトな結論しか導き出せなかったようだ。
念のため、俺とルミの遺伝子を検査することになった。
最初の検査の後、もう一度検査したいと病院から連絡があり、病院に行ってサンプルを提出した。
しばらくして検査結果の報告を受けに病院に行くと、医師が深刻な表情をしていた。
時間帯も診察外で、いつもの診察室ではなく、人払いされた隣の診察室に話をされた。
最初、医師は俺とルミの遺伝子情報が非常に近いというような事を言い始めた。
そして「お二人に親子関係がある可能性がございます」と言われた。
あまりのことに、この医師は何を言っているのかと思った。
最初、胎児は俺の子供ではないと言いたいのか?と勝手に解釈した。
しかし聞き直しても同じ回答をするだけだった。
俺は吐き気が込み上げてしまい部屋にあったゴミ箱に嘔吐した。
医師に背中を摩ってもらいながら、胃の中の物を全て吐き出した。
気分が落ち着いてから再度医師の説明をうけた。
可能性があると言ったのは、胎児の症状を検査するために俺とルミの遺伝子を検査したわけで、親子鑑定をしようとすると目的外使用になってしまう。
だからDNAの親子鑑定は個人で依頼して確認して欲しいと言われた。
病院から家に帰る間に3回嘔吐した。
ルミも受け入れられない様子だったが冷静だった。
むしろ驚きのあまり何もリアクションが取れないようだった。
その日、ルミと俺は一言も話さなかった。
別々の部屋で寝た。しかし寝れる訳もなかった。
朝方になって眠気が来たが、2,30分で目が覚めた。
リビングに向かうとルミがコーヒーを入れてくれた。
俺は初めて女に自分の事を話した。
しかし親父の名前は口にしなかった。
出せなかった。怖くて口に出せなかった。
しばらく俺は話し続けていると、ルミが「お義父さんの名前を教えて!」と声を荒げた。
水分が蒸発した喉から渇いた声で親父の名前を発した。
「いやぁぁぁー!」と家中にルミの絶望の残響が響き渡った。
俺も絶望感に支配された。
これほど愛した女がこんなに近くに居るのに永久に手に入らない。
俺がルミに求めていたのは妻であり恋人であり女であることで、母親ではない。
愛すべき女としか見れない、母親としてなど断じて見れない。
ルミは泣きながら壊れたAV機器のように「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟くだけ。
俺は立ち上がった途端に気を失って倒れたそうだ。
目を覚ましてのは病院に向かう救急車の中だった。
大丈夫だと伝えたが、念のためそのまま搬送された。
ルミと再び話し合うことができたのは翌々日だった。
口火を切ったのはルミだった。
俺を残して家を出て行った事を謝り続けた。
ルミを責めるつもりはなかった。
ルミの過去を聞いてたし、ルミが苦しんだことも知ってるから、気にしてなかった。
むしろ、その事を責めたらルミを母親として認めたことになる。俺にとってルミは恋人であって欲しいのだ。
現実的な事実よりも希望的な虚構にすがり始めていた。
親父には他に女がいた。俺はルミの子供ではなく、それらの女の子供じゃないかと願った。
そもそもDNA鑑定をしたわけではない。
正式に鑑定してもらって違うことを確認すればいい。
盲信的な現実逃避に陥っていた。
いくつものDNAの親子鑑定を受けた。
ルミや胎児のことなどお構いなしに連れ回した結果、ルミが倒れてしまった。
救急搬送された時には胎児は死産だった。
DNA鑑定の結果もほぼ100子関係であるとなっていた。
ルミが退院して家に帰って鑑定結果を確認した。
その場で土下座して謝った。
「アナタの妻にもなれない、アナタの母親にもなれない、アナタの子供も産んであげられない、本当にごめんなさい」
ルミは泣きながら床に額をつけた。
俺は唯一確認したかったことを初めてストレートに尋ねた。
「ルミ、俺のことを一人の男として愛していた?」
ルミは「ごめんなさい」としか答えてくれなかった。
それからルミは家を出て一人で暮らしている。
一人で暮らしたいとの本人の希望だった。
家の近くのマンションを買って住まわせている。
今はルミの代わりに大学時代の女と暮らしている。
金がある限りこの女は離れないだろうし、深く愛さなくて済みそうでもある。丁度いい都合の良い女だ。
ルミの部屋には月1,2回行く。
物理的に歩いて行ける距離だから毎日行ってもいいのだが、迷っている。
ルミも俺が何をしに来るのか分かっている。
「彼女さんとか愛人さんに相手してもらいなさいよ」と行くたびに言うが、毎日避妊薬を飲んでいるようだ。
そして手料理を作ってくれる。
だが、とうとう「愛している」とは言ってもらえなかった。