父が癌で亡くなり3年と少したった頃の事です。
母を親孝行のつもりで温泉旅行に行った時の話です。
私の車で観光地をまわり、宿に着いて、ゆっくり風呂に入ろうと
大浴場に行こうと母を誘いました。が、母は今、流行の部屋にある
露天風呂に二人で入ろうと言いました。私は、恥ずかしいからいいよと
断ると母は「なに照れてるの、健二(私)が小さい頃よく一緒に入ったじゃない」
と母は普通に言いました。母が私の手を引っ張って「ね、ね、」と風呂場の方に私を連れて行きました。私も親孝行のつもりで仕方なく母に従いました。脱衣所で母は平気で服を脱ぎさっさと中に入っていきました。私もこの時は特に何も意識せず母と湯船につかりました。母に「今日は親孝行のつもりで来たので背中でも流すよ」と言うと、「そう、ありがとう。じゃ、お願いしようかな」と言い、湯船から上がりました。その時、母のあそこが目に入りました。母の背中を洗っている最中、さっき見えた母の股間が頭をよぎったのと脇の下からチラリと見える乳房のせいで、私のちんぽが少しムクムクしてきました。背後から石鹸の付いたタオルで胸や腹を洗いお湯をかけました。すると母は「今度は私が洗ってあげるよと言いました。」「恥ずかしいからいいよ、自分で洗うから」と断ると「また、照れてるの?
親孝行でしょ」と言うのと同時に立ち上がり私を座らせました。母は私の背中を洗いながら、「お父さんとそっくり。まるでお父さんの背中流してるみたい」と言いました。背中を洗い終わり、「立ちなさい。今度は前も洗ってあげるから」と私を立たせました。私は「いいよ母さん、前は自分で洗うから」と言うと「もう、今日はお父さんと居るみたいな気分になったので私の好きにさせて」と言いました。私のちんぽはおさまっていたので、母に任せました。首、胸、腹と洗い、ついにちんぽのところに石鹸の付いたタオルが来ました。石鹸まみれになったちんぽを母がタオルを置いて素手で洗い始めました。「いいよ、母さん。恥ずかしいから」「ここも、お父さんとそっくりだよ」と母は言うと明らかに私を気持ちよくさせようと丁寧に素手で洗い出しました。当然、ちんぽはすぐにビンビンになってきました。「母さん・・・」「いいのよ。洗ってあげる」「変な気持ちになってきたよ」「気持ちいいかい?」「うん」「久しぶりだよ。父さんのあらっている気分だよ」「母さん、気持ちいいよ、いっちゃいそうだよ」「いっちゃいなよ、恥ずかしがる事ないよ。」私も右手で母の胸を揉み、左の手は母のあそこをさすっていました。母のあそこもぬるっとしていました。「母さん、俺、もう、ダメだ。出ちゃうよ」「出していいよ」と母は刺激を強めました。母の首から胸に溜まってたものが飛び出しました。「気持ち良かったかい?」私は恥ずかしくて下を向いていました。母はそっと耳元で「今夜、お父さんになってくれるかい?」最初は意味が解りませんでしたが、ぎゅっと抱き付いてきたので意味が分かりました。
風呂から出て、食事も母と向かい合わせで美味しく頂きました。食事の時も母は私に「お父さんに似て来た」を連発していました。食事も終わり、テレビを見ながらゆっくりし、
「もう、寝ようか」と母が言いました。「うん」布団に入ると母も私の布団の中に入ってきました。「親孝行だから、ねっ」と甘えて
キスをしてきました。私もキスと親孝行の言葉で火が着きました。あとは私のペースです。
母を全裸にすると今度は私からキス。それもディープキス。首筋からちよっとたれぎみの乳房、わき腹と愛撫。母は息が荒くなってきました。右手が私のちんぽを探しています。私も着ている物を脱ぎ、母が触りやすいようにしてあげました。母は上半身を起こし私のちんぽを咥えました。暫らくの間、母のフェラに酔いしれました。とても気持ちよかったです。お返しに今度は母のまんこを舐めてあげました。すでにびしょびしょでした。60近い母ですが、まだ、こんなに濡れるんだと思うほどでした。私も舌使いには少し自信があり、なめ続けると母は絶頂に達したみたいでした。「入れて」と母の催促。私は正上位でちんぽを挿入。母は「ウーン」と3年ぶりのチンポが嬉しかったみたいです。私は腰を振り、自分も気持ち良かったけれど、母を喜ばす事を優先させました。母に「気持ちいい?」ときくと「うん。すごい・・・気持ちいい・・お父さんよりいい」と言いました。私は母に「一緒にいこうか?」と言うと同時に腰の振りを強くしました。母は「いきそう」と言った後、息が荒くなってきました。私も同時に絶頂を迎え、母の中で果てました。母は両足を私の腰にからめて強く私に抱きついてきました。そして、「ありがとう。健二」と言って涙を流していました。二人は眠りに付きましたが、まだ暗い朝方に再度は母と結ばれました。
これから母が抱いて欲しいと言ってきたら、応えてあげるつもりです。