俺は物ごごろ付いた頃には夜になると保育園に預けられていた。お袋がキャバレーで勤めながら1人で俺を育ててくれたためだった。帰りはいつもタクシーで知らないオッサンも殆ど一緒だったが、家に着くとすぐに寝かされていた俺にはどのオッサンも顔の記憶が無く、当然朝になるとお袋と俺の2人っきりのアパートだった。小学校に上がると保育園には行けず、1人で布団にもぐる様になったが、深夜お袋が帰宅すると必ずオッサンの声も聞こえ、暫くするとお袋の今になって判った事だがアエギ声が聞こえてくる生活だった。
中2のある晩の事、深夜帰宅したお袋は珍しく男を連れて来なかったが、ダイニングキッチンで酒を飲んでいるのがグラスの音や、時折発する独り言で判った。俺はトイレに起き、ダイニングキッチンに入るとお袋が酔い潰れて寝ていたので、用を済ませてからお袋を担ぎベッドに寝かせたが、その時「○○さん来て」と言って俺の首に抱きつくと唇を重ね舌を絡ませてきた。
俺は毎夜の性教育の賜物で既に4人もの同級生を味わっていたので、お袋が寝惚けながらも何を求めているのが理解できたので躊躇する事無く真っ裸にした。33歳の胸は大きく張りがあったが、どす黒い乳首はでかく、足を広げると乳首以上に黒みを帯びたオマンコが汗に混ざったマン臭を発しヒクついていた。
露出したデカいクリトリスを舐め続けると聞き慣れたアエギ声を漏らし始め、オマンコから漂うマン臭も激しくなった。それまでの俺はセックスした女は全員処女で、俺のチンポがデカいとは思わないがきついオマンコしか経験が無かったが、ぐしょ濡れのお袋のオマンコはスンナリ俺のチンポを飲み込んだ。どれだけ腰を動かしただろうか、お袋は俺の腰に脚を巻きつけるとオマンコを締め付け始めた。これが大人のオマンコなのか『名器』と呼べるオマンコを知らなかった俺には萎える事も無く3回も中出しし、更にピストンを繰り返していた時「お願いだから外に出してね」とお袋が呟いた。俺は4回目で始めて外出しをお袋の口にすると部屋に戻りそのまま眠れずに朝を迎えた。
ダイニングキッチンに行くとお袋は朝飯の支度をしていたが、俺と目を合わすと見せた事も無い恥ずかしそうな顔をし、手を止めて夜の事を尋ねて来た。俺は包み隠さず話をしたが、お袋は怒らなかった。お袋は何も覚えていなかったらしいが、目覚めた時に口の中や顔に残った精子の匂いと、オマンコから溢れ出ていた精子で俺を疑ったらしい。
俺達は気まずいムードで食事を終え、学校へ行こうとした時「今日学校休みなさい」とお袋に止められ、声のするお袋の方を振り返って見た時、下着姿の女が立っていた。
お袋は俺が初めてセックスをしたものと思い込んでいて、記憶が無かったとは言え中出しした俺が誤ったセックスをあちこちでしてしまわない様に身体を張って性教育の実技をしてくれた。若さなのか何回も出来た。初めてフェラをして貰い、初めてゴムも着けた。流れでアナルまでやらせて貰い、気が付くと昼をとっくに過ぎ、お袋が勤めに行く時間が迫っていた。
その後もお袋は知らないオッサンを連れ込み続けたが、俺が高校を卒業して家を出るまで1人寝の晩は俺と関係を続け、俺もその後同級生とのセックスは無くなりお袋オンリーのセックスライフを送った。