かれこれ15年も前のことですが、「成人の祝いに何がほしい?」と母に訊かれたので、僕はマジな顔つきで、「母ちゃんの身体」と小声で答えました。そのころの僕は近親相姦(特に母子相姦)に強い憧れを持っていて、有り余る精力と気違いではないかと思えるほど強い性欲とで、毎日数回オナニーしないではいられないほどでした。そのとき母は真っ赤な顔をして、「なんてこと言うのよ。親をからかうもんじゃないわよ」と怒って行ってしまいましたが、その晩から母の様子がおかしくなったのです。僕の顔を見ると母は顔を赤くし、なんとなく上の空でいることが多くなったのです。僕がオナニーの精液の始末をしたティッシュペーパーを捨てたゴミ箱がきれいになっていたり、風呂場の洗濯機の前に置かれた汚れ物入れの一番上に母のパンティーが置かれていたりと、僕を挑発しているみたいなところがみられるのです。僕はある晩思い切って母に迫ってみました。その日は父が外泊し、弟たちも学校の行事で出かけていたので、家には僕と母しかいませんでした。
僕は母が風呂に入ったのを確認して裸になって風呂場に押し入りました。もちろんペニスは硬く勃起して先端からはガマン汁を滴らせていました。
母は素っ裸の僕を見て声もなく、顔を真っ赤にして言いました。「本当に私が欲しいの?」僕は母に答える代わりに母を両手で抱きしめ、勃起したペニスを母の股間にあてがって唇を奪いました。母は立っているのがやっとの状態でぼくにすがりつき、股を広げて僕の硬く勃起したペニスを股の間に挟んでくれました。母の股間はすでにぬるぬるに潤み、とてもいい気持ちでした。せまい風呂場では寝転がることもできないので、僕たちはそのまま居間に戻って本格的セックスしました。といっても僕は童貞でやり方をしっていたわけではありませんから、母の股間を広げてなめることからはじめました。ぬるぬるに濡れた膣を、下を尖らせて掬い上げるように舐めすすり、性器の匂いを存分に嗅ぎながら母の手にペニスを握らせたのです。母は大きなため息をついて、「ああ、いい」と言いながら手でしごいてくれました。あとはお定まりのコースで、腰がおかしくなるくらいやり狂い、何度も膣の中に射精し、口にも射精しました。その晩はほどんど寝ないでやりまくり、翌日は学校をさぼって昼ごろから晩までやり狂いました。それからというものは昼間から母を連れ出してやり狂いました。僕はアルバイトで買った中古のカローラを持っていましたので、母を乗せて軽くドライブし、川越の近くの河川敷や飯能の雑木林まで出かけてやり狂いました。母も僕との許されない性愛にのめり込み、僕の尿まで飲んでくれました。もちろん僕も母の尿を飲みました。毎回5、6回は射精しましたが、避妊など一切せずにやりましたから、当然のことながら、母はすぐに妊娠しました。父の子だと偽って産んだ僕たちの子(娘)は来年成人で、戸籍上は僕の妹ということになっています。母との愛欲生活は今でもときどきやっていますが、64歳になる母は50代前半にしか見えず、身体も若々しく、僕の女房と比べてもそれほど引けをとらないほどです。僕も今年40歳になりましたが、女房とは二日おきくらいにやり、母とは週に1回の割りでやっています。娘ともそのうちにやりたいと思っていますが、なかなかチャンスがありません。女房との間には息子がふたりいます。