「瞳さん、この発注書、お願いしてもいいかな?」
パソコンのキーボードを小気味よい音で、打ち込んでいた音が止まり、セミロングのツヤツヤした黒髪を揺らして、瞳はこちらに向き直り
「はい、畏まりました」
と、身軽に立ち上がり、書類を手に自分のデスクに戻る。
一挙手一投足が、美人だと思った。
優しく滑らかな所作
白くて細い腕
やや冷ややかな眼差しも真っ直ぐに伸びた鼻筋も、少し大きめで厚みのある唇も、面長で少し尖った顎先も、何もかもだ。
今、発注書とパソコンで格闘している女性、瞳さんは、間もなく離婚する。
決して、明るい女性では無いが、とても気働きの効く女性で、来客への接客も申し分ない。
暫くして、瞳さんが「所長、お間違えないか、確認をお願いします」
ぴっちり揃えられた発注書、まとめて止めたクリップは、キャンディレッドだった。「ああ、瞳さん、ありがとう。君の仕事だ、間違えは無いだろうよ」そう言って、ざっと目を通すが、間違いないのだ。
だが、こちらもキチンと確認をしないと瞳さんは、むくれるのだ。
かわいい。
「瞳さん、よく出来てる。ありがとう」
そういうと首を斜めに微笑んで、瞳さんは自分のデスクに戻った。
ふと、爽やかな髪に使うワックスだろうか?
鼻を掠めた。
こういう時、私は瞳さんを女だなぁと思うのだ。
春が過ぎ、夏も終わりが近ずき、盆休みを終えて社員達が、この狭いコンクリートの箱に戻ってくる。
瞳さんのご主人は、同じ会社の本社務めで、そこそこ上司にも人気があって、やや派手な生活を好む傾向がある。
身の丈に合わないブランドや高級な車を好み、家には一銭も入れないのだと言う。
なので、瞳さんもこうして毎日、私の元へと務めに出ているのだと言う。
都度、私は思っている。
【槌ああ、私なら、瞳さんをもう少しは、楽させてあげられるのにな】と。
私の務めているのは、出張所で
私と田中主任と瞳さん、もう1人、45を過ぎた、こちらも大人しい斎藤さんと言う主婦の方で、斎藤さんは準社員である。
規定の出勤時間が、20分回っていたが、瞳さんの姿がなく
「田中さん、瞳さん来てる?」
すると、閃いたように田中さんは辺りをキョロキョロしはじめて
「あれ!?ホントだ?おかしいですね、瞳さんって今までこんな事なかったのに」と、首を傾げ始めた。
そうなのだ。
彼女は、そういう人なのだ。
断りもなく、遅れることなんかしない実直で真面目な女性なのだ。
すると、斎藤さんが
「ちょっと、私、電話掛けて見ます」と、いそいそとスマホを取り出すと、通話を押して、スマホとにらめっこしている。
3分程鳴らしたが、出ないと言う。
心配だが、むしろ何かあれば、それこそ連絡が来るだろうと言う決断に至り、仕事を始めた。
しかし、終業時刻になっても、やはり瞳さんからの返事は無かった。
こうして、4日、音沙汰なく過ぎ、5日目。
「本当に申し訳ございませんでした」と、瞳さんは頭を下げ出社した。
その上で、瞳さんは
「所長、すみません。少し、お話、宜しいでしょうか?」
そういう瞳の瞼の下は少し腫れ、くまができている。
さぞかし泣いたのであろう。
きっと家で何かあったのだ。
会議室へ誘い、話を聞いた。
要約するに、話はこうだ。
仕事が終わり、夕飯のおかずを買いにスーパーに寄った所、スーパーの隣に隣接されているカフェから、手を繋いで出てきたカップルを見た。
若くて今どきの女性と、あれは紛れもなく主人だったと。
主人も気づいた様だったが、素知らぬ顔をして車に乗って、行ってしまったそうだ。
瞳さんが帰宅し、夕飯なんぞ作る気にもなれず、部屋の電気も付けないまま、項垂れて居たんだそうだ。
夜も20:00を回った頃、瞳さんのご主人から電話があったそうだ。
「もう、瞳の所には帰らない。すまない」
そう言って、電話は切れたそうだ。
瞳さんには、家を建てた借金だけが残った。
それも、最早、競売にかける算段を付けているんだそうだ。
で、だ。
なんとか力になって欲しいのだそうだ。
この時の力とは何を指すものか、考えあぐねたが、恐らく、様々にと言うことであろう。
2つ返事で了承した。
もちろんで、ある。
この日、恐らく瞳さんは家で1人でいると落ち込むばかりだろうと、主任の田中さんを誘い、仕事終わりに食事に誘った。
瞳さんも、そういう事ならと、快く受けてくれた。
瞳さんは、お酒も飲むと言うので、居酒屋にして、少しお酒で悲しさを流そうと言う事になり、居酒屋に行き様々な話をしたり、冗談を言っている内に忽ち21:00を回ってしまった。
慌ててタクシーを呼ぼうとすると瞳さんの細くて白い綺麗な腕が私に伸びてきて、電話の手を止め
「二次会は、所長のウチで。ね?」
この時の瞳さんは、いつもの瞳さんでは無かった。
まるで別人かのような目
虚ろにして、唇がやけに艶めかしく
そして、それは私も主任の田中さんも同じく、どうかしていたのだ。
「分かった。じゃ、私の家で」と、いつの間にか答えていた。
途中、コンビニでお酒やおつまみなんかを買って、私の家に付くと
さも下らない話題で盛り上がって、ひとみさんもやっと笑顔が出てきた。
しかし、3人して結構飲んだ。
明日、休日なのが嬉しい。
そうこうしてる内に瞳さんもだいぶ酔いが回って来たようで、眠そうにしている。
流石に泊まれとは言えないので、瞳かんの肩を叩き
「ほら、瞳さん、そろそろ帰らないと。タクシー呼んであげるから、ね?」
すると、瞳さんは瞼を重そうにあげ
「やだ。あんな家、帰りたくないっ!お願い!所長、何してもいいから、泊めて。」
この時の私はどんな顔をしただろう?
いや、向かいにいる田中さんの顔を見れば、自ずと同じかおをしたに違いないと思った。
<何をしてもいい>
このセリフが、頭から離れないでいる。
暫く、3人は沈黙していた。
各々の頭の中は、様々にゴチャゴチャなのだ。
<なにをしてもいい>
な、何をしても….
瞳さんが、沈黙を破って立ち上がる。
「所長、お風呂貸してください」ふらふらと立ち上がり、まだ呆然としている私達男2人を尻目に、突然、瞳さんはスルスルと着ている物を脱ぎ始めた。
私も田中さんも言葉が出てこない。
きっと酔っていてもそんな事は、瞳さんなら先刻承知だろう。
まるで、彫刻のような見事な裸体が眩しく出現した。
真っ白な背中に真ん丸な、お尻。
くびれたウエスト。
!!!
驚いたのは、背中だった。
大きな鷲がこちらを睨みつけ、大きな翼を広げていた。
振り向き様に、こちらを上目遣いに微笑んだ瞳さんは、完全に我々の知っている瞳さんではないのだ。
呆気にとられたまま、私も田中さんも瞳さんがお風呂から出るのを待った。
いや、それ以外、なにも出来なかったのが正解だろう。
やがて、瞳さんが風呂からでるとシャンプーの甘い匂いと温まって上気した瞳さんのほんのり紅く染まった肌がとても眩しかった。
そのまま、瞳さんはバスタオルを身体に巻き付けただけの格好で、私と田中さんの間にペタンと座り混んだ。
こういう時、男は皆、無力を感じるのではないと思う。
「すみません、お先に頂きました。」
まるで、私達、男を嘲笑うかのようにあっけらかんと瞳さんはイタズラに言った。
じゃあ。と言うことで私、田中さんの順で風呂を済ませた。
瞳さんは、まだ、バスタオルを巻いただけの格好でテレビを見ている。
どうするか?
私達が手を出して来るのを望んで居るんだろうか?
それとも、信頼しきっていて、無防備なのか?
酒の酔いもあって、正常な判断が出来ないと言えばそれまでなのだが、こんな場合、そもそも正常に考えるべきなのか?
私は、もうただひたすらにパニックに陥っていた。
すると私に背を向けてテレビを見ていた瞳さんが、スルスルっとバスタオルを脱いで、電気を消して、わたしの腕を引き寄せた。
!?!?!?
私は、か細い瞳さんの身体を後ろから抱きしめた。
もの凄く僅かだが、瞳さんは震えていた。
優しく包み込むように抱きしめた。
か細い声で「しょ、所長….今日はありがとう、お礼と言うか、田中さんも一緒に。ね?」
田中さんと私で、抱けと言うのか。
おそらく田中さんも風呂から出たら、忽ち察するに違いないだろう。
電気の消えた部屋に恐らく、彼女の吐息は聞こえる筈だ。
でも、彼女ご良いと言ったんだ!と、自分を言い聞かせながら、彼女の唇を吸った。
歯磨きの爽やかな香りがした。
彼女の舌は柔らかく甘かった。
彼女は細いのだが、腕の中にしまい込むと以外と柔らかく骨が当たる感じもなく、ひたすらに柔らかく滑らかで、何よりも暖かくて心地がいい。
もう、どこを触り、舐めたのかなんて覚えて居なかった。
気が付いたら、田中さんと2人で瞳さんの口や性器に出たり入ったりを繰り返していた。瞳さんも、きっと久々だったのだろう、本当にセックスにぼっとうしている様がよく分かった。
3人とも、朝の日が登るまで、本当に瞳さんを字のごとく、貪った。
翌、お昼少し前に目を覚ますと、キッチンで瞳さんが「すいません、冷蔵庫の物、使わせて貰いました。」
少し斜めに微笑む瞳さんは、これもまた知らない瞳さんだった。
まるで、その笑顔は少女の様に無邪気で、会社では絶対に見れなかった笑顔だった。
田中さんは、もう席について食べ始めていた。
私も席について、さあ食べよう!と思った瞬間だった。
瞳さんが私達ふたりの前に座ると姿勢をただし
「昨夜はすみませんでした。でも、良かった、また、こうして3人でこんなふうに出来たら嬉しいんですが?ご迷惑ですか?」瞳さんは、思いのほか真面目な顔をしていた。
嫌な筈がない。
私には妻も彼女も居ない。
それは、田中さんにしても同様なのだ。
彼も断る理由も無い筈なのだ。
「わ、私は、むしろ嬉しいんだが、瞳さん、本当にいいのかい?」野暮ではある。分かっている。しかしこんな場面で上手い事をいえたなら、私は恐らく結婚も出来ていたのだろう。
勿論、田中さんも喜んで承知していた。
毎週、休みの前日には、私の家でお酒を3人で飲み、3Pに明け暮れる日が訪れた。
暫く経っての事だったが、瞳さんが打ち明けてくれた。
なぜ、あの時、私達冴えない中年の男2人を選んで、しかも望んで抱かれたのか。
瞳さんには、幼い頃から父親が居なかったのだ。
結婚するまで、年上の男性はあくまで父のような面影の憧れだと思っていた。
しかし、結婚もしてみると案外、苦しい日々で、器の広い、様々な経験をした年輪の深い男性こそが安心を与えてくれるのだと。
私達2人は、一緒に居て、とても居心地が良いのだと。
いずれ、私達3人の関係も、瞳さんの傷が癒えた時には終わるだろう。
田中さんも、それは分かっていると思う。
なんせ、瞳さんは美人なんだし、優しくて、よく気が効いている。
そして、なんと言ってもセックスがいいのだ。
彼女の身体は、麻薬で出来ているのだ。
もし、瞳さんが関係を終わりにしたいと言ったら、私は瞳さんを殺してしまうだろうか?
いや、実際にはそんな事なんて出来やしない。
私は、彼女。瞳さんを好きだからだ。
さて、週末は瞳さんと田中さんとで旅行の計画だ。
やっとわたしも青春がやって来てくれたのか。
嬉しい。