20代の後半。俺は3年弱務めた葬儀会社を人間関係の煩わしさもあって転職する事を決意した。
そう。もともと俺は無類の車好きであり、もともと葬儀会社をする前の俺はセールスドライバーを生業とする生き方をしていたんだ。
車の中で丸一日を過ごす仕事。これほど俺に向いた仕事はないと思っていた。それが何を思ったのか、しゃべりが上手いと人から誉められ、その気になった俺がやってみた葬儀会社。結果、嫌な事から楽しい事から色々あったけど、最終的には人間関係が原因で退社する事になるとは・・・。といったところだった。
よし。もう余計な事は考えず、以前と同様、車を使った仕事に就こう。そうしよう。幸い、俺には早い段階で取得した運転免許もさることながら、中型二種(マイクロバス等)の免許も持っているし、何より。。。葬儀屋以前の職場でとらせてもらった国家資格でもある運行管理者資格(旅客)も持っている。
まだ言っても20代だ。これだけ免許と資格があれば、きっと就職先はすぐに見つかるだろう。
そんな気持ちで応募したのが、家からバイクで30分の距離にある四谷観光であった。
四谷観光での面接から採用まではかなり早く決まった。それにはとある事情というものがあって、「ネコの手も借りたいくらい」忙しい時期だったとの事だった。(俺はそのとある事情というのを何も知らずに応募したのだが)
そのとある事情っていうのが・・・。「爆買い」というキーワードを覚えている人もいるかもしれない。2015年前後、ちょうどその頃、中国からの大量の観光客が日本に来日し、まるでイナゴのように次から次へと電化製品から化粧品から日用品まで爆買いして去っていくという、、、一時期ワイドショーを賑わしたあのニュース。その最中に俺は事もあろうに、旅客バス会社なんかに就職してしまったんだ。
最初の形ばかりの実技研修、そして監督研修というのが終わった後、俺は即戦力として中国人観光客相手の観光マイクロバス運転手としての毎日が始まったんだ。
この爆買いツアーの運転手という仕事は、同じ観光バス関連の中でも特異な性質を持つ分野であった事は間違いない。
そもそも、観光バスの業務というのは7割が観光名所への送迎。そして3割りがお土産物屋への立ち寄り。そんな余裕をもって運行計画が立てられているのが従来の観光という概念であった。むろん爆買いツアーが下火となった今、どこの業種も本来あるべき形に戻っていると思う。
だが、この爆買いツアーの運行スケジュールというのは、9割りが買い物。そして取って付けたかのような1割りの観光。こんな感じなんだよな。むろん、そんな無茶なスケジュールで運行計画を立てているので、「何かあったら終わり」つまり陸運局から指導命令が入るような、そんなブラックな状況にならざるは得ないというのが、この爆買いツアーの仕事という訳だった。
だいたい一日の流れはこんな感じだった。出社→マイクロバスで空港へと出迎え→爆買いスポット1→爆買いスポット2→昼食(休憩)→爆買いスポット3→爆買いスポット4→名所観光→ホテルへ。
そしてホテルへついたら会社事務所へ「中間点呼」(丸一日、営業所で点呼を出来ない場合に限る)なる連絡を入れて、明日の運行計画を確認する。そんな感じだった。
そして遠方地に来ている俺たちは普通に家に帰る事が出来ないので、同じバス会社の営業所の宿泊スペースか、あるいはホテルの中に存在する運転手の為の簡易宿泊所のような施設で一夜を明かす事になるんだ。
そして俺にとっての2日目の勤務と、観光客にとっての2日目の爆買いに丸一日付き合わされてその日も終わる。そして営業所が近ければ営業所へ。遠方地でなければ簡易宿泊所(嫌なら実費でホテルでも)へとその日は帰っていくのだが。それが三泊四日、5泊六日・・・と客のスケジュールに合わせて続いていくんだよ。
何がしんどいか。それはもう、オラオラ運転をしていかないと、他のバス業者に先を越されるっていうところだったかな。
有名なお土産物売り場とか電化製品街とかでは、オラオラ運転して路上駐車あたりまえ。それをしないと他の業者に場所を取られる。こっちもやりたくでやってる訳ではないけれど、乗客が帰ってこないから勝手に出発する訳にはいかない。何度も何度もぐるぐるショッピングモールを周回して、観光客同士で連絡を取り合ってもらって、、なんとか頭数を揃えて次の地点へと出発。そして次の地点でも同じことが繰り返される。これは本当に辛かった。
だが・・・。
オイシイ事もあった。中国では「チップ」という文化が多少、まだまかり通る世界であるらしく、心ある中国人観光客は無理を聞いてもらってる俺に、1000円 多いときは5000円、1万とチップが弾む事も珍しい事ではなかったんだ。(フフ。寸志っていうやつかw)だからこそ、やっていられた部分もあったんだけどな。
だが、ここで話しをしようと思ったのは、「カラダ」というチップを払おうとする観光客に遭遇してしまった時の話しなんだ。いや、、、正しくはカラダでチップを払おうと思ったんじゃない。海外旅行にきて、いつもより調子に乗って酒を煽って、酔っぱらってしまった金持ちマダム達が・・・旦那もいないし(居てもホテルで酔いつぶれているし)少しくらい海外ならではスリルを味わってもいいよね・・・という節操のない火遊びの相手にバス運転手の俺が目に付けられてしまったといった感じかだったか。
そのマダム(35歳前後)2名は、夜の21時。その日の業務が終わってマイクロバスの中で休憩している俺に声をかけてくるところから始まったんだよ。