どちらが悪いわけでもなかった。
足りなかったのは愛じゃなく、我慢だった。
「もううんざり!」
元妻が家を出たのは、俺が30歳、元妻が26歳、結婚して2年だった。
元妻が19歳の短大生だった時、大学出たての俺と出会って恋に落ち、処女を散らした。
セックスを知らなかった元妻が、初めて身体を許す程愛したのが俺だった。
俺は、その時の一部始終を今でも忘れない。
その時の元妻の身体、女陰、処女膜を貫いた瞬間に感じた男根の感覚、元妻の表情を今でも忘れない。
それから3年間、新権威愛し合って同棲を始め、その1年半後に結婚した。
同棲と結婚の何が違ったのだろう。
結婚してからケンカが増えた。
一緒にいることが苦しくなって、元妻が出ていって離婚した。
本当に不思議な夫婦の終わりだった。
その後、それぞれがそれぞれで生きた。
職場が近いこともあって、年に数回顔を合わせた。
「元気にやってるか?」
「ええ・・・それなりに・・・」
知り合いのような、友達のような関係だった。
元妻が抱えた金銭問題を相談されたのが、離婚3年後だった。
俺の部屋を訪ねて来て、
「懐かしい・・・3年半暮らしてたんだもんね・・・」
その日、3年ぶりに元妻を抱いた。
3年前と変わらない女陰を見て、まだ、元妻はまだ俺以外の男を知らないなと思えた。
「アア・・・懐かしい記憶・・・」
「本当に懐かしいな・・・」
懐かしい抱き心地、夏かいい喘ぎ声、懐かしい髪の匂い・・・ちょっと切なかった。
元妻に100万円都合してやった。
「返さなくていいよ。慰謝料も夫婦の財産分与もなかったからな・・・」
「でもあれは、離婚届を置いて私が勝手に出てったわけだから・・・でも、アリガト・・・」
「思わず抱いちまったけど、もう、ここへは来るなよ。」
「うん・・・わかった・・・そうする。」
元妻が出ていった。
元妻も俺も、今度こそは、しっかりお別れしたはずだった。
でも、道端やコンビニで挨拶くらいは交わしてた。
その次に元妻が俺を訪ねてきたのは、それから2年後だった。
その時、35歳の俺は28歳の女と付き合っていて、その女との再婚を考え始めていた。
「もう、訪ねてくるなと言ったじゃないか・・・」
「色々思い出して・・・二人の思い出を処分しておきたいから・・・」
それが訪れた言い訳だった。
アルバムを開いては、自分が映っている写真を抜き取っていた。
「あなたと写ってるのも、抜いていいかしら・・・ラララ~~ララララ~~」
失ってしまった昔の暮らしを思い出しながら、当時の流行歌を繰り返していた。
洗面所にピンクの歯ブラシを見つけた元妻は、
「これは?もしかして・・・」
「ああ、時々泊まりに来る女がいるってことだ。」
「そうか・・・そりゃ、そうよね・・・じゃあ、私、帰るわね・・・」
「もう、来るなおよ。それから、この次は、どこかで出会ったとしても声はかけないよ・・・」
「分かった。この写真、もらってくね。バイバイ・・・」
元妻が出ていった。
俺は、その時に付き合ってた女と再婚し、元妻と暮らしたアパートを出た。
年に数回、職場付近で元妻を見かけたが、声もかけなけなかったし、見かけたら避けるように逃げていた。
俺は、再婚した女との間に娘も生まれ、幸せに暮らしていた。
そう言えば、いつの日か元妻を見かけることもなくなっていた。
産まれた娘も高校生になり、元妻の存在もすっかり忘れていたある日、新聞の片隅の小さな記事にふと目が留まった。
それはアパートで不審死を遂げた50歳の女性の記事で、俺が昔元妻と住んでいたアパートが現場で、亡くなった女性の名が元妻と同じ名前だった。
まさか・・・と思ったら、数日後、警察から連絡があって、遺品の中に俺にまつわる物品が多々あって、その中の古い名刺や住民票から俺を割り出して事情聴取された。
元妻は、俺と3年半暮らした部屋に、俺が再婚して出た後に入居していた。
警察の話だと病死らしく、部屋には、俺と二人で写った写真が数枚飾られていたそうだ。
「これなんですが・・・」
と見せられた小さなスタンドカレンダーには、俺と元妻の結婚記念日、俺と元妻のそれぞれの誕生日に印がしてあった。
「全て鑑識で調査済みで、特に事件性はありませんでした。ご両親も亡くなられていて、お子さんもいらっしゃらないのですが、遺品、いかがいたしますか?」
俺は、写真だけもらって、あとのものは処分してもらうようお願いした。
そして、18年前に元妻が写真を抜いていった古いアルバムに、元妻と俺が写る写真を戻した。
来るなと言ったのに訪ねてきた元妻を想うと、もしかしたら俺とやり直したかったのかもしれないと、今更気付いた。
あいつは、俺と暮らした部屋で、俺と暮らしているつもりで生きてきたのかと思ったら、泣けてきた。
そして、俺達はなぜ別れることになったのかの答えを、今頃になって探していた。