2年ほど前の事です。
看護学校を卒業して、晴れて、市内の大きな病院の内科に配属された私は、社会人としての駆け出し、慣れないながらも一生懸命勉強しながら、看護業務に努めていました。
そんなある日、一人の男性患者が入院してきました。
聞くところによると、その患者は五十代の大物代議士。
この市内では、かなりの権力を持ったベテラン代議士のようです。
政治には疎い私ですら、そう言われれば名前を聞いたことがありました。
以降、仮名を「田中」とします。
でっぷりと出たお腹に、薄い頭。
「いかにも」といった風貌の中年男性です。
私は、最初からその人が苦手でした。
話をすると、そんなに悪い感じもしないのですが、なによりその見た目が、私は生理的に受け付けませんでした。
しかし私は、運悪く田中さんの担当になってしまった為、仕事だと割りきり、他の患者さんと同じように出来るだけ笑顔で、明るく接するようにしていました。
・・・が。
田中さんが入院してきて1週間ほど経ったある日、私が夜勤だった日の、夜の出来事です。
消灯前に田中さんの病室へ見回りに行った時、田中さんは、私に、一杯のお茶をすすめました。
何でも、京都の田舎から送ってきた、上等のお茶だという事でした。
普通、病院の規則で、そのように患者さんからすすめられたものを飲食はしてはいけないのですが、その時の田中さんは、私がやんわりと断っても、半ば強引にそのお茶をすすめるものですから、どうしても断りきれず、私はそのお茶をいただきました。
それが事の発端とは知らずに・・・。
そうして、田中さんの病室でお茶をいただいた私は、大して味の違いも判らぬまま、お礼を言い、勤務に戻ったのでした。
それから少し時間が経ち、私は、カルテのチェックをしながら、自分の体調が少しおかしい事に気づきました。
頭がぼーっとし、体が熱っぽいのです。
当然、最初は、風邪でもひいたのかと思いました。
しかしそれが、田中さんが私に飲ませた、媚薬入りのお茶のせいだと気づくのは、すぐ後の、夜勤1回目の見回りの時だったのです。
時間がきて、見回りに、田中さんの病室へ入った私は、ベッドのカーテンを開けるなり、いきなり、田中さんに抱きつかれました。
あまりにいきなりすぎて、恐怖で声も出ませんでした。
そして、田中さんはそのまま、カチカチに硬直した私に、無理矢理、キスをしたのです。
さすがに我に返った私は、全力で顔を背け、田中さんの手を振りほどき、「やめてください。人を呼びます。」と言いました。
すると彼は、ニヤニヤと、不適な笑みを浮かべ、こう言いました。
「呼んでもいいが、この先この病院で、いや、医療の世界で働こうと思うなら、俺には逆らわない方がいい。」と。
本人曰く、自分はこの市内だけではなく、医療の世界では全国的に力を持っているので、自分の力で私の立場などどうにでもなる、と。
自分に逆らえば、私を、医療の仕事から簡単に追放する事もできるし、逆に気に入れば、今後の仕事もやりやすくしてやる、と。
それが本当かどうかなど、その時に判断する力など、私にはありませんでした。
が、何よりも、恐怖が私を支配していました。
田中が再び私ににじり寄ります。
私は、反射的に、部屋の奥の窓際の隅に逃げてしまったので、もう逃げ場がありません。
私は、そのまま、再び抱き締められました。
「なぁ、悪いようにはせんから、俺の言う通りにしいな。・・・俺はみきちゃん(私の仮名です)が一目で気に入ったんや。好きになってしもたんや。な?ええやろ?」
田中は、妙に優しい口調でそんな事を言いながら、ナース服の上から、私の胸を触りました。
その時、私は、自分の身体の変化を確信しました。
たったそれだけ。
服の上から田中の手が、胸に触れただけで、ビリビリとした電気信号が全身に走りました。
もちろん、それがなぜかはまだ判りませんでしたが、田中の手が、荒々しく胸をまさぐると、ブラジャーが中でずれて、くしゃくしゃになって、乳首に擦れ、それが、妙に甘美な感覚で全身に広がりました。
もちろん、私はその手を振りほどこうとしたのですが、男性の力には到底かないません。
「はぁ、はぁ、やっぱりおっぱい大きいやんけぇ。なぁ、入院して溜まってんねん。頼むわ。な?ほんま好きなんや。なぁ?」
田中は、自分の子供ほど歳の離れた私に、そんな気持ちの悪い事を言いながら、強引に、私の胸をまさぐっていました。
私のか細い「やめて」の声など、彼に届くはずもありません。
そして、再びキス。
タバコとコーヒーの混ざった、最悪の臭いに吐き気を堪えるのに必死でした。
私が顔を背けようとすると、田中は、私を平手打ちしました。
かなり強い力で打たれたので、痛みと恐怖で、頭がくらくらしました。
私の心は、その、たった一発で見事に折れてしまいました。