大学四年の夏前、日本文化を海外に紹介するサークル活動の中で一人のベルギー人女性と知合いました。名をセシルとしておきます。
彼女は本国で文化系雑誌社の記者をしており、日本の文化や伝統を本国で紹介する記事を書くために来日したと言っていました。
容姿はフランス人女優ソフィー・マルソーを若くした感じのかなりの美人です。但し顔に細かなホクロが点在していますが、僕は一目で彼女に魅了されてしまいました。
年齢は当時33歳、勿論結婚していましたが子供は無く、同じベルギー人の夫との夫婦仲は冷えきっていたようです。
セシルは本国で話されているオランダ語とフランス語の他にドイツ語と英語も堪能でした。
僕も子供の頃父親の仕事の都合で数年アメリカで暮らした経験がありますから、会話は必然的に英語になりました。
大学が夏休みになると、アルバイト代を支払うから協力してほしいとセシルに頼まれ、彼女の取材を手伝うことになりました。
セシルは都会での取材より地方の史跡や伝統芸能の取材をメインにして、夏祭りの取材にも力を入れていました。
僕の任務は主にインタビュー時の通訳と彼女のボディガード。
またセシル個人は和菓子と郷土料理に興味津々。それに温泉旅館に宿泊して露天風呂に浸かってゆったり寛ぐことが大好きなのでした。
同行取材を始めて二週間が経った頃、僕が仕事に慣れてくるとともに僕達はすっかり打ち解けていたのですが、人種も国籍も年齢も違っていても所詮男と女ですから、いつの間にか互いに魅かれ合っていました。
白根山が見える山間の温泉旅館に宿泊していた時のことです。夏のため宿泊客は僕達の他には数組も居ませんでした。
露天の混浴風呂があると聞いたセシルは何と独りではつまらないから僕も一緒に入ろうと誘ってきたのです。
勿論セシルの白い肌や太腿を間近に視れると期待して快諾。僕が先に入って湯船に浸かっていると、程なくセシルもバスタオルを巻いて入ってきました。
彼女は殆ど恥ずかしがること無く、また僕を警戒する様子もなく、僕のすぐ隣に来て湯船に腰掛け、恋人同志のような雰囲気の会話を楽しむのでした。
本国でも肉料理はあまり口にせず日本食を好んで食べているというセシルですから、真っ白に近い素肌がホクロも無く本当に奇麗なのですが、何より彼女は欧州人らしくスタイルが良い上に適度にむっちり感があって、巻いたバスタオルの胸元や太腿が最高にそそるのです。
僕のペニスは自然と大きくなってしまいました。それを目敏く認めたセシルが、「あらやだ、大きくなっちゃったの?」と目を輝かせたかと思うと驚くことを申し入れてきたのです。
「ね、よかったら見せて。日本人の男性器、見たことないから観てみたいわ」とストレートに申し入れられた僕は、「セシルも見せてよ。そしたらいくらでも観ていいよ」と答えたのです。
すると「えーっ?・・恥ずかしいなぁ。でもタカならいいかな・・」呆気なく承諾したセシルは、僕を連れて洗い場の壁にある大きな鏡の前に立たつと、「いい?スリー・ツー・ワンの次、一緒に取るのよ?」と言い、その通り二人一緒に勢い良くタオルを外しました。
最初は鏡越しに、直ぐに向き合って互いの身体を穴の開くほど眺め合い、気がついた時は抱き合って熱いキスに励んでいました。セシルの眩しいほどの全裸を観て、僕のペニスは益々ギンギン。
僕の手はセシルの豊かな美乳を揉み、彼女の手も僕のペニスを強く握り締めながら、キスの合間に愛の言葉を囁き合い、互いの身体を賞賛し合いました。
襲いかかろうとする僕を制してセシルが汗をかいたから身体を洗い合おうと申し入れてきました。
そこでまず僕が先にセシルの全身を泡だらけにして丹念に洗いながらたっぷり乳房を揉み、臀肉も太腿も女性器も感触や感度を確かめました。セシルは身体に自信があるとみえて殆ど恥ずかしがりません。
交代でセシルも僕の身体を隅々まで洗ってくれ、ペニスを泡まみれにしてしごきながら「凄い・・硬い・・グロテスク!」と感嘆の声をあげ続けていました。
途中、「タカのコレは何人の女を泣かせたの?」と問い質され、正直に「一人だよ」と答えました。
その一人の女性と五年余り関係を続けていましたからそれなりに女の身体もセックスも熟知している僕でした。が、それが白人女性のセシルに通じるかどうか。
興奮し尽くしてしまった僕達は石鹸を洗い流すとその場で互いの身体に愛撫を加え始め、程なくセシルを上に互いの性器を貪り合い始めました。
まだ夕暮れ前だったため夕陽に照らされて眩しいほど明るく、その光がセシルの女性器を直接照らして奥の奥まで観察することができました。
この時観たセシルの明るいピンクの女性器は今も鮮明に蘇ります。
いよいよ我慢できなくなった僕達ですが、他の宿泊客が入ってくる不安があって落ち着きません。
仕方なく愛し合うことを中断して混浴を後にし、一旦部屋に戻りました。そして家族風呂を予約すると途中自販機で避妊具を購入し、焦ったように風呂に入っていきました。
すると子供用らしい浮き輪やエアーマットが置いてあるのが目に留まり、マットを洗い場に敷いて今度は僕が上になって互いの性器を愛撫し合い、間もなく正常位で身体を繋ぎ合いました。
セシルの膣は体格からすると随分狭く感じたのですが、もう1年以上セックスレスだったと聞いて納得。
果たして僕のペニスがセシルの膣にフィットするか少し不安でしたが、幹の付け根まで呑み込まれた時、しっかり膣奥に届きました。
その所為もあってなのか、セシルはすぐ泣き叫ぶ声をあげて乱れ始め、一旦昇り詰めてからは狂ったようになって立て続けに昇り詰めていったのです。その乱れぶりはまさに狂喜乱舞、迫力満点。最高の抱き心地なのです。かといって決して大味ではありません。
声を抑えさせるのが大変でしたが、セシルは結局正常位だけで殆ど悶絶してしまいました。
意識を戻してからも騎乗位や後背位でたっぷり犯してやり、動けなくなるほど絶頂を極め合ってから部屋に戻るとすぐ仲居さんが夕食の料理を運んで来ました。
浴衣姿でテーブルに座ると仲居さんは少し頬を紅潮させて料理の説明を始めました。僕達が何をしてきたかすっかりお見通しといったところ。
セシルは何を食べても「美味しい!」と感激の声をあげ、僕が残した料理もすべて平らげてしまいました。次の取材は和食を特集したいとのこと。
それではとセシルに「日本の男を食べてみてどうだった?」と尋ねてみました。すると彼女は「最高!」とまず答え、「日本の男性って皆タカみたいに硬いの?」と逆に質問してきました。ベルギー人男性のペニスとは感触がまったく違うというのです。
また亀頭冠で膣内が掻き回されるような感覚が堪らなく気持ちいいとも言ってくれたのですが、本国の男とのセックスでは体験できなかった快感とのこと。
食事を終えてビールを飲んでいる間に食器類を下げてから再びやってきた仲居さんは、僕達が何も言わなくても布団を二つ着けて敷いて去っていきました。彼女が退室間際に言った「ではごゆっくりどうぞ。おやすみなさいませ」との言葉は妙に意味深に聴こえました。
早速施錠すると二人とも浴衣も下着も脱ぎ捨て、互いの身体を貪り始めると明け方近くまで悦楽世界から覚めることはありませんでした。
セシルは何度昇り詰め悶絶し潮吹きしたか判りません。僕も本当に出し尽くすまで注ぎ込みました。
途中コンドームを使い切ってしまい、仕方なく買いに行こうとする僕をセシルが制しました。そして生で注ぎ込んで構わないと言ってくれました。
またセシルは夫にもしたことがないと言いながら僕の肛門にも愛撫を加え、射精を口内に受け止め飲み干してくれたのでした。
僕も一度だけセシルの潮吹きを口で受け止めることに成功しました。が、何せ勢いがありすぎてとても全部は飲み下せませんでしたが。
この日からセシルと僕は恋人兼夫婦同然に頻繁に愛し合いセックスしながら取材旅行を続けたのですが、いつの間にか性愛の方が優先になってしまったために取材のスケジュールがやや遅れ気味になってしまいました。
最後の取材地は沖縄でした。宿泊場所は旅館ではなくコテージにして、約三日かけて沖縄の伝統工芸や史跡をしっかり取材しました。
そして取材日程最終日、丸1日コテージの部屋から出ず愛し合いセックスし通しました。この時セシルは快感に溺れ狂いながら涙を流して愛を訴え、僕と結婚したいとまで言ってくれました。
その言葉に対して僕は、三年待つと答えました。
その翌日、すべての取材予定を終えたセシルは涙を流して何度も振り返り、後ろ髪を引かれるように那覇空港から飛び立っていきました。
あれから約束の三年が過ぎてもセシルから離婚成立の知らせはありませんでした。
四年が過ぎた頃、僕は諦めて大学の二年後輩だった彼女と結婚しました。
そして五年が過ぎた今年になって突然セシルからメールが入りました。実は四年前に離婚していたと。何故連絡して来なかったのかは述べられていませんでした。
その代わり今月8月日本に来るというのですから、ヤバイです。妻が今つわりに苦しんでいる時期ですから、セシルに逢えばセックスしてしまう可能性大です。
もう一つ、文中に「4歳の娘も連れて」との記述があったのです。これこそ大ヤバです。
取材から帰国した翌年出産? 娘を出産したにも関わらず離婚?? それとも出産する前に離婚したのか???
どう考えても変です。更に言えば、僕の娘の可能性が高いのではないかと。何せあれほどセックスして愛し合い、セシルがコンドーム装着を嫌がるため殆どたっぷり注ぎ込みましたから。
記憶では取材疲れで珍しくセックスせずに寝てしまった翌朝、快感を感じて目覚めるとセシルが僕の上で忙しく腰を振っていて、彼女が悲鳴のような叫び声をあげて昇り詰めていくと同時に僕も夢心地の中で射精したことがあります。この時生挿入でしたし、セシルは確か排卵予定日の三日前でした。セックスを終えて余韻に浸りながら愛し合っている時、セシル自身が実は危ないと言ってしましたから。それ以外、排卵日近くに生で注ぎ込んだことはありません。
セシルは今38歳になっている筈です。さてどのように変わっているのでしょう・・・