この話は前半はシリアスに進んで行きます。ですが、ある一言を切っ掛けに、とんでもない方向へと変わっていきます。事実は小説より奇なり。仕方ありません。ありのままを書いていきます。
私はサービス業を営んでいる38歳独身男です。仕事先は誰もが耳にしたことがある有名ホテルの接客対応全般をやっております。仕事のメインとなる場所は受付であり、予約のお客様が来館された時に玄関口までお出迎え。それからお客様の荷物をお預かりし、部屋まで案内。それから各種、ホテル滞在中のお客様の要望をできる範囲でお応えし、「このホテルに泊まって良かった。また来こよう」と思って頂ける接客サービスをするのが私の仕事です。
仕事の中では、立ち方、会釈、敬礼、最敬礼、車のドアの開け方、お見送りの仕方、通路でお客様とすれ違った時の対応の仕方、階段の上り方、降り方、エレベーターでの上座下座、車の中での上座下座、宴会の場での上座下座、電話応対、敬語、丁寧語、謙譲語、テーブルマナー、ベッドメイキング、今思い浮かぶだけでも以上のような、接客マニュアルを身に叩き込んでいる(とお客様には思われています)
また、マニュアルにない日常動作としては、席を立ったら、椅子をしまう。トイレを出たら便器のフタを閉める、テッシュペーパーを三角に折る・・・etc!
服装は紺色スーツ着用、カフス、タイピンは銀色でシンプルなもの、時計も銀色のみ、ネクタイの色、靴のデザイン・・・・・etc!!!!
とにかくもう、細かすぎる規則があるのが、サービス業です。
ある程度、人生経験、社会人経験を積んでこられた方なら誰もがご存知の事だと思いますが、「美しいものにはトゲがある」このことわざ則ったテーマでお話したいと思います。
少し具体的にご説明しますと、「一見、華やかそうに見える。エレガントである」というものの裏側は、非常にドロドロしているものなのです。水商売も同じ、医療関係も同じ、ホテル業も同じ、なにもかも、です。
仕事としては世間様が見ても恥ずかしくない立ち振る舞いを身につけれる。しかし・・・。
その裏側では腐卵臭漂う人間性に蝕まれていった輩が支配する世界(首脳部、上役にいる)、それがサービス業の世界です。
彼女、望月千尋(24)がわが社を入社したのは、今から1年前の10月の時でした。以前の会社は子供向けのサービス業をやっていたということで、今回の転職では心機一転、「一流の環境でホンモノのサービス業精神を身に着けたい」というのが志望の動機であったそうです。
顎が少しシャクれ気味でキツネ目をした細見の和風美人、彼女の容姿に関する特徴は、これだけでも十分、どんな人柄かが伝わるのではないでしょうか。
彼女の履歴書も見ましたが、それなりに有名な進学校、大学を卒業しており、入社試験の点数も88点という過去最高点数と同じ点数をとった人物であったので、きっと育ちもよく学生時代からしっかり勉学に励んできたのであろうと推測されます。
容姿に優れ、学識もある。そんな彼女は難関である3度の面接を順序良く突破していき、昨年10月1日付けをもってわが社への中途入社が確定したのでした。
入社してからの彼女はまず、「サービス業としてのマナーを身に着ける」という事で、私の部署へと配属されました(この時に履歴書等を確認しました)研修担当であった私は、彼女に冒頭で述べたとおりのマナーを1から教え、およそ1か月の研修期間を順調にこなしてもらったつもりでいました。
しかし、この業界、この職種、この会社の本当の壁、サービスしなければならない相手というのは、仮想敵であるお客様ではありません。それは、「内輪の人間」なのです。
お客様に対するサービスは義務なのです。仕事なのです。しかし、本当の意味でサービスしなければならないのは「重箱の角をつついて掻きまわそうと虎視眈々としている内輪の人間」なのです。
このサービスには忍耐を強いられます。このサービスには誤解を受けたまま耐えなければなりません。
この時、彼女は何も知りませんでした。
一定のマナー研修が終わった彼女は、意気揚々と、「明日から頑張ります」と、緊張を解き、笑顔でそう答えました。
そして翌週の11月1日からは、下積み三か月間ということで、ホテルの掃除、ベッドメイキングの仕事が始まります。わが社では正社員登用のすべての従業員は、まず三か月を下積みとして本来なら外注のアルバイトがするべき仕事をさせられるのです。それはわが社の支配人が、最初、ホテルの掃除夫からスタートした。という逸話から用いられたものでした。
研修中はホテルの制服である、一見スチュワーデスを思い浮かべるような、カッコイイ、可愛い制服。しかし、三か月の研修期間中は、おそらく今まで着たこともないであろう作業着。
掃除道具(モップ、ホウキ、塵取り、トイレスプレー、芳香剤、補充用テッシュペーパー、ごみ袋)等を積んだカートを押して宿泊部屋の前の廊下を歩くのです。そして廊下のゴミを拾い、担当する部屋の中のトイレ掃除、それから使った枕カバーやシーツなどの洗濯。これが彼女の1日でした。
そして・・・。彼女は第一弾のセクハラを受けるようになっていったのです。
ホテルの受付カウンターで明日の予約確認と駅までの送迎マイクロバスの手配がおわり、すこし残業気味で帰ろうとしていた時です。すると帰り支度を済ませ、私服姿の望月から、「あの、篠田主任?少しよろしいでしょうか」と声をかけられたのでした。
私は「どうした?」と返事をしました。
望月「今は掃除の仕事を頑張っているのですが、何かにつけて、私に教えようとしてくる人がいるのです」
篠田「教えてくる人、なんだそれ?」
望月「いあ、もちろん同じホテルの人、多分上役だと思うのですが、、年齢は50歳くらいの人。名前は名札に「田村」って書いてました。
篠田(ああ、、田村係長か・・)
望月「その人なのですが、長いときでは1時間近く、ベッドメイクの仕方はこう、とか壁のライトのここが見落としやすいからちゃんとふいて、とか言ってくるのです。」
篠田「それがどうした」
とはいいつつも、私は望月が言いたいことはわかっていました。この田村係長というのは、「目線で犯すタイプの男」であり、きっと掃除をしている望月に、あそこふいて。ここちゃんとゴミ拾って等と逐一命令し、際どい態勢になった時に作業着のお尻から浮き出るパンツラインでも見ているのだろう。というのが容易に想像できました。(すでに前例があったからです。田村係長が来て、あーだ、こーだと指示してきて、本人は後ろからじっとお尻とか見てきた。という多数の女性陣からの苦言)
望月「なんていうか、、怖いんです。じーっと凝視してくるのって、これはアリなんでしょうか・・・」
篠田「ああ、、気持ちはわかるわ。あのオッサン、自分はやらないのに人にやらそうとするタイプだからな」
(望月は、だからそこじゃなくて・・・)と言いたそうな表情をしました。
ともかく、あのオッサンだってたまたま、望月を見かけたから、いつもの難癖つけたい癖が出てきたんだろう。明日から気をつけろ。また何かあったら俺に言って。善処するから。とその日は望月に納得してもらいました。
しかし、この田村係長は余程、望月の事が気に入ったのか、昼休み休憩になれば必ず、望月の様子を見に来るようになったそうです。そして研修担当でもないのにも関わらず、あーだ、こーだとホテルの設備の説明をしたり、それに合わせて、「ちょっとそれ動かして。本来の位置からずれてる。」等といいながら、相変わらず目線を突き刺していたみたいでした。
それに限界が来た望月は、また仕事中に私のところに相談をしに来たのです。そして「なにをどうみてくるんだ?」と忙しかったので邪見に答えながら具体的な説明を望月に求めたところ、望月は、「んと、こうやってっていわれたので、こうしたら、ちがう、もっと、こう、こう!」っていってくるんです!と説明してきたのでした。しかもジェスチャー入りで。
何をしていたかというと、ベッドにシワができないシーツのかけ方をレクチャーされていたみたいで、その時にベッドのヘリに手を伸ばして!みたいに、つまり(お尻を突き出しながら)上半身全体をつかってシーツを8方向へ広げろ。みたいな事を言われたそうです。
それを私の目の前でジェスチャーするものですから、もちろん私にも、望月が着用している白の作業着から、(ハーフバックっていうタイプ?)下着のラインがガッツリと映ったのでした。私はあまりに高貴なイメージを醸し出す望月が柄に似合わず、必死のジェスチャー込みで説明してくるのが滑稽で、ついつい「お前な、そんな激しいパンツはいてたら、オッサンだって見てくるだろ。なんか他にないのか?ww」と逆に聞き出す始末でした。
すると、やっと伝えたい事の本意を理解してくれたと安心したのか望月は、「ですよね!ですよね!絶対お尻みてますよね!」とプンプンしながら言ってきたのでした。
それから私は、「サービス業っていうのはだな、外からは華やかな世界に映るかもしれないが、中身はコレが現実なんだよ。」と彼女を諭しました。彼女が「なぜ、あんな奴が首にならないのですか」と聞いてきたが「それはな、そういう奴らが支配しているのがこの業界なんだよ。だから、あいつらが余程の明確な犯罪でも犯さないかぎり、首にならないというシステムの上で、そこで仕事をさせてもらってるのが俺たちなんだよ。わかったか?いあ、わかるはずないわなww」と答えました。
それを聞いて腑に落ちないような表情をする望月でした。しかし、私の言っている事は間違いではありません。田村の目線でのセクハラも、言い方をかえたら「期待を持てる新人が来た。だから特別、俺が目をかけて指導をしてきたつもりだ。それをセクハラ呼ばわりされるとは心外だ!」といえば、済むのです。
それをわかっている先輩女性陣は、田村対策として様々な準備をしており、「目玉のオヤジ2F接近中。警戒せよ」等と連絡をとりあっているのです。ただ、望月は新人なのでその連絡網の輪の中に入れていないだけ。結果的に、「田村レベルのクソは腐るほどいるから」で終わらす他ありませんでした。
そこまで説明してからやっと望月は、「明日からなんとか対策を考えます」ということで、翌日から清掃する階層を順番ではなく、ランダムにするようにしたそうです。そして下着も浮き出ないタイプの下着を着用したり、下着の上にスパッツをはいてなるべく目立たないような感じにしたりと苦労したみたいですが、そのうち田村も暇ではありませんのであきらめたのか、姿を現さなくなったそうです。
これが望月が受けた、最初のセクハラでした。
そして、これはこの後起こりうる事から比べたら、まったく生易しいものだったのです。