2013/05/14 14:28:08
(HYO8aFmd)
続きです。
担任の先生も足のケガでスカート通学てたせせいで免疫がるのとな仲良く男子 女子とクラスの中に溶け込んでたので何も言われませんでした。
学年が上がるたびにクラス名簿でも
名前の淳で担任の先生が毎年間違えて
私を女子のほうにしてました。
だから私も次の日にスカート通学してました。
先生に嫌がらせのつもりもありましたが
私もその日の気分でスカートを着てたから
それと半ズボンでも女の子に見られてたから
同級生も私が男の子より女の子と錯覚されてました。
しかし 中学は、制服があるので女子に間違われなくなりました。
髪型は、うるさくなく男子の中でも長髪で女子と同じぐらいに伸ばしてました。
テニス部に入部しましたが
練習は、苦にならなかったけど
女子のユニホームが着れないのが苦痛で退部して帰宅部になってました。
家に帰ると制服を着替えて母のお店のお手伝いしてました。
中学になって従姉のおさがりなくなりましたが
母の一番したの叔母のおさがりが着れるようになってたので
叔母が中学や高校と女子大のお古もおさがりに混ざってたのを着るようになってました。
そのお古の中に叔母が着てた下着もありましたが
ブラは、まだ着けてませんでしたが
同級生の女子がブラを着ける子が多くなると
私も少しあるジュニアブラを着けてお手伝いしてました。
母は、私が女装してお店のお手伝いを公認してくれてました。
近所の人も私が女の子の服を着てるをみ見てるから女の子と思い込んでました。
制服姿は、お店の近所で着てなかったから
お店のを閉めてからは、母と銭湯に行き家に帰ってました。
銭湯は、母の後を付いて女湯に入ってましたが
中学も同じく女湯に入っても昔からの常連で前をタオルで隠してたから騒がれもしません。
それよりも私の胸を見てもうじきお母さん診たいに大きくなるよと慰められてました!
ブラを着けるようになって私は、両親に内緒で祖母の御使いて更年期の婦人薬を薬局で聞いてたのを思いだしホルモンがわりに小遣いで買って飲みだしてました。
最初は、普通に飲んでましたが胸もなかなか大きくならないので
考えてみたら私は、女性じゃないから足りない 補充より多く飲まないとダメと気づいて
通常の三倍を飲みだすと少し変化が出てきました。
身長は、伸びなくなりました。
その代わりに丸みが出て胸も脹らみ出してました。でも乳腺ができそうになると小遣いが足りなくなり薬が買えなく間が空きました。
甘い物を食べることが多く小太りがお尻や胸に脂肪が付いて一段と見た目が女性に近づいてました。叔母のブラのカップがきつくなってました。アンダーは、ジャストでしたが
母のブラだとカップがジャストですがアンダーがユルユルでした。