2012/02/11 15:32:39
(rYxFFkzo)
続きです。
逝く書いてますが
まだ 射精じたいしたことがなく
気持ちいいやお腹の下腹の奥の方でキューとなる感覚を覚えました。
私は、母の観察をするようになってました。
母のトイレも覗いたりして
母の仕草を真似たりしてました。
話し方も母や叔母
同級生の女子を見本にして
銭湯では、クラスが違う同級生とも友達になってました。
アソコに小さいのが付いてますが
それ以外だとその友達なったこと同じです。
髪の毛の長さも同じより私の方が長いくらいでした。
家にいると近所の年下の女の子がお姉ちゃん遊ぼと誘いに来て
おままごとなどの女の子遊びをしてました。
中学生になって制服や男の子の下着最低限買ってくれましたが
着心地が悪く
学校から帰るとすぐにお下がり下着や服に着替えてました。
その頃から私の意志でジュニアブラもしてました。
部活も入りましたがすぐに辞めて帰宅部になってました。
家に帰りスカートやブラをしても母は、何も言いません。
女装して母のお店の手伝ってましたから
小学生の頃からですから
家からお店を手伝いに行くときは、スカートですから
近所のお店の人は、私が女の子と思ってました。
銭湯で友達になった女の子とは、中学生で同じクラスになりました。
三年間同じクラスです。
その子おかげで女子の制服を着ることが出来ました。
その子のお姉さんのお古何ですが
サイズも私にぴったりでした。
学校では、着れませんが
帰り道の公園のトイレで着替えて
女友達と遊びに行ったりました。
後 もう一人女友達も出来ました。
その子は、幼稚園で一緒によく遊んでた子です。
女子の制服を着たままお店の手伝いに行くようになると
周りのお店の人たちは、私を完全に女の子して接してました。
中学生になってブラを常時着けるようになって
ホルモンは、買えない代わりに
女性の更年期の薬を通常の三倍飲み出しました。
それでも成長過程で私の望む副作用が出てくれました。
ムダ毛や声変わりもしません。
中学二年の時に女友達と同じくらい胸がありました。
乳腺は、きちんと出来てませんが
男の子としては、出過ぎです。
身体検査の時は、お腹が痛いとか理由を付けて
後で保険室に行って受けてました。
その時は、女友達の二人も付き添って来てました。
保険室が第二教室になってました。