夜道

　私は自分が男であることが分かれば、彼等も諦めると思い、女性らしい歩き方を辞めましたが、状況は変わりませんでした。
　第一印象で女だと勘違いされると、男だと気付かれることは滅多にないことを痛感しました。
　せめて、胸の露出だけでも抑えようと思い、パーカーのジッパーを首元まで上げましたが、かえって体に張り付いたパーカーが、ウエストのクビレと胸の形を強調する状態になってしまいました。

　私は怖くなり、造成地から一般道に引き返そうと思いましたが、数十メートル先に私の車が見えたので、車で逃げることにしました。
　しかし、私の車はその車と対面する形で停車していたので、その車を追い越して自分の車に乗ると退路を塞がれる恐れがあるので、一旦自分の車を通り越してから引き返して車に乗ろうと思いました。
　
　周りは既に一般道や民家から遠く離れ、いつ襲われてもおかしくない状況でした。
　その車からは「…ヤバイんじゃないか…」とか「…写真を撮っておけば大丈夫…」とか男達の会話が音楽に混じって聞こえてきました。
　彼等の揉めている様な会話を聞いていると、このまま何もされないかもしれないと思いましたが、私はバッグに手を入れ、車の鍵を握りしめ、なるべく冷静なフリをしながら自分の車の横を通り過ぎるまで歩き続けました。
　
　すると、私の車を通り過ぎてすぐに、その車はスピードを上げ私の行く手を遮る様に停車しました。
　停車している私の車を利用して、２台の車で道路を完全に塞ぐ形になり、また、住宅用地も道路から一段高くなっていて、宅地を通って逃げることも出来ない状況でした。

　私は素早く反転し自分の車に向かって走り出しましたが、ピンヒールのパンプスが脱げて転びそうになりました。
　後ろを見ると、その車の後部座席のドアが開いて男達の怒鳴り声が聞こえたので、私はパンプスを道路に置き去りにしたまま裸足で自分の車に乗り込み、ドアをロックしエンジンを掛けました。

　発車した車のバックミラーには、ワンボックスから降りてきた二人の男が見えました。
　その後、一般道に出てもその車が追ってくる様子がなかったので、私は家に帰ることにしました。
　改めて、シートベルトをしようとしましたが、手が震えて上手く装着出来なかったので、片手でシートベルトをを持ったまま家まで帰りました。
　家に着いてシャワーを浴びた後も興奮は収まらず、もしも、自分の車がない所で襲われたらと思うと怖くて、その夜は眠ることが出来ませんでした。

　翌朝、男の格好で、いつもよりも早く家を出て、造成地の現場まで行ってみると、例の車の姿はありませんでしたが、昨日脱ぎ捨てたパンプスが片方だけ道路に転がっていました

　時間は深夜でしたが駅前には人がいて、すれ違う人にも女装と気付かれた様子はありませんでした。
　それには、タンクトップからはみ出た胸の膨らみが見えるように、ジップアップのパーカーの前を開けさせていたせいもあったと思います。
　基本的に私の女装は、体の男らしい部分は洋服で隠しますが、テープで作った胸の谷間やコルセットで絞ったウエストや女性らしい太ももは強調するようなファッションを心掛けていました。
　少し露出が多めの私を見た男性に「お姉ちゃん、一人？」と声をかけられたり「彼女、一緒に遊ぼ」とナンパされたりしました。
　私は女装はしますが男性には興味がないので、いつもの様に無視をしましたが、久しぶりに「お姉ちゃん」とか「彼女」と呼ばれ、自分を女性として認識してもらえて嬉しく感じていました。

　数ヶ月ぶりの女装でしたが、自分が女性として見られていることを確認出来たので、その日は帰宅することにしました。
　私が車を停めていた造成地に戻ろうとしていると、私の歩く速度に合わせて徐行運転している車に後をつけられていることに気が付きました。
　最初は私との距離も離れていたので、気にしていなかったのですが、人通りのない造成地の道路にまで付いてきたので、私は怖くなり自分の車を停めている場所まで早足で急ぎました。
　すると後をつけてきた車もスピードを上げて、私の隣に並ぶと私の歩く速度に合わせて並走し始めました。
　その車はワンボックスで後部座席はスモークガラスで車内の様子はわかりませんが、車内から聞こえる音楽に混じって複数の男の声が漏れていたので、運転手以外に複数の人が乗車している様子でした。
　私は横目で運転席を確認すると、先程駅前を歩いてる時に車に乗ったままナンパしてきた男達でした。
　私は彼等に襲われるかもしれないと思いましたが、彼等は車で並走する以外のことはしてきませんでした。
　おそらく、今歩いている道路は一般道や民家から見渡せる状況だったので、もっと人目に付かない状況になるのを待っているのだと思いました。