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2010/12/06 20:58:57
(YU6PuB0m)
小学6年の時に父と母が離婚しました。
その後は私は母と暮らしていました。
そして私が中学一年の時、13歳で母は33歳。
母は20歳で私を産んだのでまだ若いのです。
私はそんな若い母を見て生活していたのですが、ある日母が友達と温泉に泊まり旅行に行くというので、私は留守番になりました。
そして誰もいない夜、私はこっそり母の箪笥を開け下着を見つけました。
けっこう派手なものが有り私はその中のピンクの花柄を選び穿いてみました。
するとみるみる勃起してしまい、さらに母の比較的短いスカートを穿くとすっごく興奮してしまい、学校でそれとなく聞いたオナニーをしてみると不思議な感覚になりやがて勃起の先から白い物が飛び出しました。それでスカートにかかってしまい、私は慌てて拭き取りました。
そんな体験をしてからたまに母がいない時にこっそり母の下着や洋服を着てオナニーをすることがありました。
それからしばらくして、母は穿いたスカートに白い染みがあることに気が付き、なんだろうと独り言を言っていました。
私はすぐに自分の汚したものとわかりました。
その時はしっかり拭いたつもりでも、乾いてから残ったのだと思います。
母もまさか私がスカートを穿きオナニーをしてるとは思わなかったでしょう。
それから月日が経ち、私が中学二年の夏でした。
いつものように母がいない時間にスカートを穿き、母のブラジャーを付けティッシュを丸めてブラジャーに入れ膨らみを作りブラウスを着て、母の持ってるハイヒールを履き、玄関でたまらなくオナニーをしていたら突然ドアが開き母に見られてしまいました。
「何事?私の服を着て」
私は完全に固まってしまい動けませんでした。
しかし母は私を部屋に入れ私が勃起してるところも見られてしまいました。
「あなたこんな趣味があったの?いつから?」
私は何も言えず言葉が出ませんでした。
それから母は私をドレッサーの前に座らせ、なんと私にメイクをしたのです。
これは初めてのこと。
洋服は着てもそれだけの満足だったのに。
やがて1時間ほどしてメイクが終わり鏡の中には一人の女性がいました。
そして母が持っていたボブのウィッグを私に被せ完全な女の子になりました。
それから私を立たせパンストを穿かせてもらい改めてパンプスを履くと完全な形に。
その後母は私を外に連れだし、母の運転する車に乗りドライブに行きました。
母は何一つ言葉を話しません。
それより、母の方こそ帰ってきた時とは違うミニスカートを穿き、脚がアラワになっています。
私はそれを見て再びどうしようもない興奮を感じました。
すると急に「まさかあなたがこんなことしてるとは思わなかったわ。あなたは本気でしてるの?」
「そんなことないけど、母さんが妙に色っぽく見えてたまたま母さんの下着とスカートを穿いてみたら異常な興奮を感じて・・・でも女の子に見えてる?」
「よっぽどじーっと見ないとわからないわね。これから家にいる時とかは女の子をするの?」
「そんなのわかんないよ」
確か当時はそんなことを言っていながら、今では完全な女性生活になってる。
私はこんな中学生生活から始まりました。
私も今は二十歳で母は40歳。
たまに一緒に出掛けると姉妹に見られています。
そして母もまだ若く、ミニスカートも平気な感じの若作りです。
そして母とも超えてはいけない一線を過ぎ、レズの世界に入り私はまだ勃起があるため母に挿入をして母をめちゃくちゃにイカせまくり、絶叫して動かなくなっても私はさらに動き、コンドームをして果てて終わります。
ゴムは母がまだ生理があるため、もしものために。
でも母はフェラチオがすごく上手く、母は私のスカートを捲り濃厚な口の使い方で私を攻めるため、数分で発射します。
私はそのフェラチオを教えてもらい、たまに会う男性を頬張り口に出してもらいます。
それから私は車の免許を取得しましたが、教習所へはよくローヒールパンプスで行ってました。
さすがにスカートでは行きませんでしたが、ルーズにローファーの時も。
18で免許を取ってからはたまにセーラー服で母を横に乗せドライブをしたこともあります。
そして今の私はちょいイケてる女子大生風のメイクと洋服(ミニスカート)で暮らしています。
最近はようやく一日中ハイヒールでも平気になりました。
これも母のおかげです。
長々と読んでくださりありがとう。