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2014/05/29 13:28:40
(Rp.PTP2k)
授業前の日課である、剃毛検査時にベルト鞭打ちを受け腫れた身体の痕跡を見られました。
御前、そういうの大丈夫なんだ、皆が笑います。
これからは御前の尻穴も使うから、訓練を怠るなと命令されました。
私は言葉の意味が解りませんでした。
取りあえず、これを咥えろとオロナミンCの空瓶を差し出されました。
仕方無く、口に咥えると爆笑…馬鹿か御前。
ふざけるなよ、尻に埋め込むんだよ。
早くしろと怒っています。
自分は申し訳有りませんと謝って居ました、そして躊躇無く押し込んでいたのです。
そこには過去と違う、同級生に従う自分が居ました。
オロナミンCの瓶を完全に尻穴に納めた時、これから御前は排泄時以外は常に挿入して過ごすんだ。
俺たちが何時でも使える様に訓練をしろと命令され写真を撮られました。
この数ヶ月でフェラチオ、スペルマ飲み、浣腸、鞭、ビンタ、アナル拡張まで仕込まれてしまいました。
入学から半年、日課が追加されました。
宿泊実習を除く放課後の毎日、トイレの一番奥の個室に行き全裸にて総てに服従する事。
トイレの扉には故障中、使用禁止と張り紙がされたのでした。
そこで行われた行為は自分の男性器を甚振られる行為だったのです。
両手を背後で縛られます、ペニスもギチギチに変形するほど縛られました。
そして、玉だけを縛られて空のバケツと結ばます。
トイレの扉は使用禁止の張り紙こそ有る物のカギは空いた状態なのです。
それを知るクラスメイトだけがトイレを使用毎に花瓶一杯分の水を玉から吊るしたバケツに追加して行くのです。
クラスの決め事とされて居ました。
私は耐えるしか無かったのです。
奴隷生活も一年を過ぎると体力も忍耐力も付いたのだと思います。
嫌だった奴隷扱いが、一部ですが楽しく感じられる様に変わって居ました。
皆の男性器をムサボリ、スペルマを飲まされ褒められる。
トイレに閉じ込められ、痛め付けられる…何れも快感を感じられる身体に成って居ました。
御尻の穴もオロナミンCの瓶を引き抜かれ、オシャブリ直後の男性器を飲める様に成りました。
中出し(スペルマと直接排尿による浣腸)も受けて居ました。
実習施設での当番も自分の時は人気となり、皆が同じ日を希望する様に成って居ました。
実習施設では全裸で首輪、リードを引かれての御散歩は決まり事でした。
皆さんの気分次第で、屋外挿入となり御尻も使って貰えました。
この時には既に自分は便器でも有りました。
ペニスを口に咥え尿を直接飲むのです。
当初は吐き気がして飲むなんて無理でしたが、縛られ殴られる日々は不可能を可能に変えてくれました。
学年が一つ上がりました、奴隷として二年目です。
髪が伸びロングヘヤー、御化粧も上達しました。
クラスみんなの好位により化粧品の調達に苦慮しませんでした。
皆の事が好きになっていました。
通学も宿泊実習も楽しみですし、休日に誘い出されるのも喜びと成って居ました。
クラスのアイドル的な扱いを受ける様になりセーラー服も購入して貰えました。
とは言え、皆の自由に扱われる拒否権無しの奴隷に違いは有りませんでしたけど。
更に学年が上がり最上級生に成りました。
宿泊実習では部屋での寝起きが許されなくなりました。
夕食を終えると全裸にされて、山中に連れて行かれます。
そして、立木に両手、両足を開いた磔にされるのです。
自分は既に女性の気持ちに成って居ました。
肉体は男、内面は男性に尽くした女性。
その為、自分の男性器は邪魔物で嫌いでした。
自分は縛られたまま、女の子なのに男性器が有り申し訳有りません。
御仕置きを御願いしますと告げたのです。
鞭に打たれ、蝋燭を浴びせられても申し訳有りませんとの気持ちで一杯でした。
もっと厳しく、もっと償わせてと願いました。
そして、憎き己のペニスと睾丸への責めを受け入れます。
睾丸へは気絶するまでキックを頂きました。
気絶後はバケツの水を叩き付ける様に浴びせられ、気が付くとペニスには錘が吊るされていました。
毎週の様に宿泊実習に通いました。
自分で臨んだのです。
クラスの皆さんの為に御役に立ちたくて、両手と両足を縛られ立木に吊るされブランコとなり乗って頂いた事も有ります。
辛くて楽しい思い出でした。
大切にされながらも奴隷として拷問される幸せを有り難う。
クラスの皆さん、大好きです。