有り難うです。安心しました。文章読んで納得しましたよ。明日にでもアドレスのせます。いろいろ話ししたいですね。自分は女装さんの経験はないです。NHさんは有ります。それでもいいかな、
もちろんです。落ち着いてからでも大丈夫です。今のまま会って、それによって自分の気持ちをはっきりさせるというのもありですけど。私の場合、はじめて女性的な部分が一気に強くなったとき、すごく男性に抱かれたくなっていました。でも、男の自分はそれを否定します。それがどちらにとっても自然なことであり当然なのですから、女性的な部分が消えない限り結論は出ません。そこで、化粧のできない女装でもいいという人がいれば会ってみる、男性的な自分は我慢。いないならひみこはあきらめる。会ってみて相手が私でもかまわないと言った時ひみこがやめる決心をするのか、そのまま抱かれるのかはそのときにならないとわからないし、抱かれてからどうなるのかもわからない状態でした。結局私の二面性としてそのまま残っているわけです。自分の心をキチンと見て気持ちに正直に行動すればいいと思います。私はクリニックでもひみこの性転換したいという暴走をとめることはできず、ネットで当事者が参加しているメーリングリストにも参加していたんですが、そこで一人だけ、みんな優しく味方してくれる中で本気で考えてくれる人がいたんです。家族のことも考えずになにやってんの?それでいいの?という言葉をはじめ、本当に中途半端なことをしては生きていけないこと、体が男に生まれたのに女性として生きていくのがどんなに大変なのか、自殺した人を知ってるということもまじえて話して叱ってくれました。それで暴走が止まり、ガードルなどの下着で押さえつけて、「位置が変わる、下着とこすれることでそこに男性の性器があること」を意識しないでいられるようにすることで納得したんです。仕事での人間関係などもあって、ネットのインナーチャイルドヒーリング・前世療法を受けもしました。だれでも子供のころの抑圧された感情などをかかえているらしいのですが、私の場合生まれたときから23歳で自己啓発セミナーをうけるまで全ての年齢でかかえていました。こんなことは初めてだということでした。母の愛情が不足した状態でそのまま心に残った幼い自分が、成長していく自分が味わっていく否定的な感情をすべて一緒に体験していたみたいです。中学でのいじめ、年が14歳しかちがわない叔母ががんで亡くなったとき、知っていたのに自分のせいで病気を知ったらいやだと見舞いに行かなかったので自分を責めて後悔した中二の冬、大人になってのつらいことなど、すべて幼いままの自分がいっしょに味わってしまってさらに傷ついてしまい、さらに母性愛を必要としていました。現実には得られないその愛情欲しさに自分の中に母性(女性)を作り出したようです。そこに大人として満たされていない自分の心、女性に生まれたかったということも含めての女性という性への憧れが加わっていると思います。男性が女性に憧れるというと、その女性と恋人同士になりたい、結婚したい、セックスしたい・・・ということなのでしょうが、私の場合は「その女性みたいになりたい」という気持ちになってしまうのです。これはひみことしても、男性としての私にも共通のことです。自分ってどんな人間?この気持ちは何?なんでこう思うのかな?いろんなことが起こると思います、誰の心の中にも。それをはっきりさせるには自分の心から目を背けないでいいところも悪いところも弱いところも、欲望も、求めているものも全部見つめていれば、いろんな事がわかってきます。したいこと、ほしいもの、欲しい人間関係の状態・・・いろんなことが。必ずしも頭で考えた理想論とは一致しません。理性が否定するようなことかもしれません。そんなときはよく見てください。したい気持ち、したくない気持ち両方があるはずです。そこで揺れる心がだんだん定まっていければ結論はでます。すべてにおいて答えは自分の心の中にあります。時には頭で考えて理性ガチガチになるのではなく心だけを見つめて「どうすべきか」ではなく「どうしたいか」という心だけで決めたほうがいいと
...省略されました。