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2013/09/19 20:58:45 (4m/u/Cst)
倉田さんは、あの日、僕のワイシャツを身に纏うと、何も言わずに帰って行った。
全てが終わった。そう思うと、自分のことがイヤでイヤでたまらなかった。

由香に悪いことをしたと思っていたが、その後悔よりも、耐えられないのは、倉田
さんに軽蔑されてしまったことだった。

倉田さんを失う日が来るなんて、想像すらしていないくらい、僕は、甘やかされ、
いい気になって、勘違いをしていた。

倉田さんのことを想うと胸が苦しくて、馬鹿な自分が悔しくて、僕は、枕に顔を押し
つけ、ベッドの上を転げまわって、呻き散らした。

子供のように泣き疲れて、夜中まで眠ってしまった。
ふと気がつくと、携帯にメールが入っている。・・・倉田さんだ!

慌てて、メールを開いてみると、『明日の心理学II、遅れないでね』とだけ入ってる。
明日の1限目の授業だ。

倉田さんは、普段からも謎掛けが多くて、ミステリアスな部分が魅力なのだけれど、
僕は、こんなメール一通で、心が躍り、目覚ましを二つセットすると、全身から力が
抜けて、深い眠りに落ちた。


翌日の学校帰り、僕は、倉田さんに『会いたい』とメールを送った。電話など、とて
も掛けられる心境ではなかった。

しかし、無情にも倉田さんからの返信はなかった。僕は、がっかりしたが、もう一度
メールを送る勇気はなくて、今日こそは、返事が来るかと期待して、毎日学校帰り
に一通だけ、メールを送った。それでも、倉田さんからの返事はなく、かと言って、
倉田さんのアパートに向かう勇気もない、意気地なしだった。

僕は、苦しくて、毎晩、下宿でのた打ち回った。


金曜の夜、倉田さんから、やっと一通のメールが届いた。

『ハンコを持って、明日、家に来て』

何時に、という時間指定もないので、訊こうかどうしようか迷ったが、ひと言、『了
解』とだけ、返信した。送ったあと、何時に行くか、僕が指定すればよかった、と後
悔したが、もう一度、メールを送る勇気はなかった。

メールをもらった途端に、嘘のように、苦しみから解放された。もう、浮気はしません、
と誓約書を書かされのだと思っていたが、馬鹿みたいにウキウキしている自分がい
た。


取り敢えず、朝の7時に目覚ましをセットしておいたけれど、目覚ましが鳴る前に、
目は覚めて、どうしようか迷ったけど、顔を洗って、そのまま倉田さん家に向かった。

合いカギは、持っていたけれど、勝手に鍵を開けて入るのが、憚られて、他人行儀に
チャイムを鳴らすと、奥から『空いてるわよ』といつもの倉田さんの声が聞こえた。

「・・・おじゃましまぁーす」

そう言って、上り込み、キッチンを覗くと、倉田さんが忙しそうに動き回っていた。

「もうできるから、テーブルについていて」

そう言われて、僕は、そうさせてもらった。

「田中くん、目覚ましより早く起きたでしょう?」
「うん」
「10分くらい?」
「うん」
「うーん、惜しかったなぁ。」

倉田さんは、僕の行動を読んで、サプライズを仕掛けるのが得意で、今日もそれを狙
っていたらしい。

5分も待たずに、僕の前に、サンドイッチと紅茶が並べられ、倉田さんがいつものよ
うに向かいに座って、朝食が始まった。

倉田さんは、その週に会社であった話をしていたが、半分くらい、食べたところで、
僕は居住まいを正し、伏し目がちに、

「倉田さん、ごめ・・・」

と言いかけると、被せるようにして、

「ハンコ、持ってきた?」

と訊いた。

「え?」
「だから、ハンコ。 メールに書いたよね?」
「あ、うん・・・、持ってきたけど・・・」

倉田さんは、茶封筒を取り出して、中から一枚の紙を取り出すと、僕の前に置いた。
婚姻届だった。倉田さんの方は既に埋まっていて、保証人欄には、僕の知らない
(たぶん)会社の人の名前が書いてあった。

非常識とか、手順とか、考えている余裕はなかった。倉田さんを失いたくない。その
一心で、僕は自分の方の記入欄を埋めると、朱肉が差し出された。迷わず、ハンコ
をトントンして、紙に押し付けると、ゆっくりと持ち上げて、印鑑を確かめた。

押し慣れていない割には、悪くない印影だった。

「田中くん、私、本気だよ。その紙、私に渡したら、直ぐに役所に出しちゃうよ」

僕は、黙って頷きながら、倉田さんに紙を差し出した。

倉田さんは、口をきゅっと結んで、両手でそれを表彰状のように受け取ると、茶封筒
にしまい、いつでも僕の手が届くところに置いた。

それからは、いつもの週末の倉田さんで、僕たちはベッドで裸になり、二人が疲れて
眠るまで、いつまでも求め合った。

「田中くん、そこ・・・。 そう・・・、あ、だめ・・・、ん、ん、ん・・・、
ああーっ!」

倉田さんは、余韻に浸りながら、僕の耳元で囁いた。

「あのブラウス、高かったんだから」

僕は、愚息共ども、うな垂れた。


倉田さんとは、あれから一度もあの時の話をしていない。でも、すべてが水に流さ
れて、許されてはいないのだと思う。

あの日僕が引き裂いたナラ・カミーチェのブラウスが、繕われることもなく、その
まま、今でもタンスの奥にしまわれている。

でも、妻は優しく、僕が会社でそこそこ上手くやっているのも、全て内助の功のお
蔭だと思っている。

身勝手で、どうしようもない僕が、わがままついでに、もう一つだけ、切に願って
いるのは、倉田さんより先に逝くことだ。
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2
投稿者: ◆irB7VJMWs
2013/09/19 23:26:17    (FDQXozGK)
幸せな奴だ

奥さんを大事にしてやれよ

浮気するなよ
3
投稿者:たかゆき ◆YvOYAU5apg   takayukikills
2013/09/22 19:55:03    (foIzQ3yb)
ええ話やなぁ~
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