裕之さんが朝のお散歩に来なくなって一週間が経ちました。
よほど奥様の具合が悪いのかしら…私は心配になり、ちょっと勇気を出して裕之さんの自宅へ様子を見に行ってみました。
ご自宅は外から見てもひっそりとした感じで、裕之さんのプリウスも停まっていません。
玄関のインターホンを押すまでも無く、留守だと分かりました。
その数日後、新聞のお悔やみ欄に裕之さんと同じ名字の女性の名前を見つけました。喪主欄に裕之さんの名前が…
年齢は私と同じでした。
裕之さんに会って、何か言葉をかけてあげたいと思いました。
お葬式に行こうかとも思いましたが、ご家族やご親戚の手前も有ります。
告別式の当日、式場からちょっと離れた場所から様子を見守ることにしました。
式が終わり、玄関からお棺が出て来て霊柩車に乗せられ、位牌を持った喪服の裕之さんが助手席に乗り込みました。
そして、霊柩車があの独特なプァ~ンというもの悲しいクラクションを鳴らしてゆっくりと走り出しました。
私は物陰に隠れるようにしながら手を合わせて見送ることしか出来ませんでした。
告別式の何日か後、裕之さんが朝のお散歩に姿を見せました。
私はとても嬉しかったけど、なるべく普通の様子で挨拶をしました。
『裕之さん、お久しぶりです』
『加代さん、すっかりご無沙汰してました、お元気でしたか?』
『はい、元気だけが取り柄ですから』
『実は家内が亡くなりまして…いろいろと大変でした』
『はい、新聞で見ました。御愁傷様です』
そんな会話をしながら、いつもの散歩を続けました。
以前に裕之さんとハグした公園に来ました。
『加代さん、ちょっと座りませんか』
『はい』
裕之さんは、奥様が亡くなった経緯を話して下さいました。
本人の希望により、人工呼吸器などの延命措置はやらなかったこと、最後は家族に看取られながら眠るようにして逝ったことなどを淡々と静かな口調で話して下さいました。
そして最後に
『加代さん、僕はあなたを好きになったことを後悔していないし、あなたに感謝もしています。でも、妻を最後に裏切ってしまったことは事実です。朝の散歩は続けますが、自分の気持ちの整理がつくまで、少し時間をください』
私は心の中で(それはいつまで待てばいいの?)と聞きたい気持ちでいっぱいでしたが、裕之さんのつらい気持ちを思うと口にだせず黙って頷きました。
私の人生最後の恋もこのまま終わってしまうのかしら…と思うと少し悲しくなりました。
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