Sさんと二度目のデートをした翌朝、いつものように朝の散歩に出ました。
『加代さん、おはよう』
『Sさん、おはようございます』
まだ体には昨夜の余韻が残っていて、言葉を交わすのも恥ずかしいかったです。
並んで歩いているとお互いの手が偶然触れ合って、二人ともサッと手を引っ込めました。
何となく意識し過ぎて手の振り方がぎこちなくなりました(笑)
その後、また手が触れましたが今度は引っ込めることなく、Sさんがちょっとだけ握って来たので私も少しだけ握り返して手を離しました。
そんな事を何度かしながら散歩を続けました。
散歩コースの途中に小さな公園が有るんですが、Sさんがちょっとそこで休みましょうと言うのでベンチに座りました。
『加代さん、お願いがあります』
『あらっ、何でしょうか?』
私はちょっとドキドキしました。
『これからは僕のことを名字ではなく、名前で呼んでくれませんか?』
そんな事なら、もちろんオッケーです。もっと早くそうしたかったくらいでした。
『裕之さん』
『はい』
『加代さん』
『はい』
何か、うぶな中学生みたいにお互いの名前を呼び合いました。
裕之さんの顔が近づいて来て、外国人が挨拶代わりにするような軽いキスをチュッとしてくれて、ハグされました。
『加代さん、好きです』
『裕之さん、私もです』
その時間、ほんの30秒くらいだったかしら…
誰かに見られたらいけないのでほんの一瞬でしたけど、出来ればずっとそうしていたかった。
『さぁ、行きましょうか』
『はい』
散歩を再開して、いつものように帰宅しました。
そんな朝のお散歩デートが一週間ほど続いた時だったでしょうか…
いつものように
『加代さん、おはよう』
『裕之さん、おはようございます』
朝の挨拶を交わしましたが、何となく裕之さんの表情が固くて言葉数も少なく…
何か言い出しにくいことがある…
そんな感じを受けました。
『裕之さん、どうかなさったの?』
『加代さん、実は施設でお世話になっている家内の様子があまり良くないんです。何度も誤嚥性肺炎を起こしていて、抗生物質の点滴も効かなくなってきてるんです』
『あらっ、大変だわ。心配ですね』
『しばらく朝の散歩出来ないかもしれません』
『私の事なら心配しないでね、ちょっと淋しいけど』
次の日から、裕之さんは朝の散歩に来なくなりました。
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