5さん、ありがとうです。
あの修羅場場面以降、私の前では、母は引き続き父に疎ましく接する感じでしたが、あの当日私の目の前での交わりが行われて以降は、両親の夫婦生活は普通に行われるようになり、むしろ頻度も内容もそれ以前より濃厚になったと父から聞いていた。
私はあの日以来母に対しての興味が膨らみ、母のパンツや使用済み生理用品、写真等で毎日オナニーを繰り返し、母とやりたい感情が強くなり、そのことは父にも伝えていた。父は母との行為の際に、私があの日以来母を性の対象として見ているとことを話し、母に対して私とするように仕向けるような手助けをしてくれていた。母は最初は、親子でそんなこと考えられないし、そもそも私が母に対して性的な興味なんか持っているはずないと、話にもならなかったが、SEXのたびに父が母へ言い続け、また、私によって精液が吐き出されたパンツを知ることになり、徐々に父の導く方向に流れてきた模様。
ある日、父からその日に夫婦生活をするから覗きに来るように、そしてその後母と私ができるようにするからと言われた。
私が覗きに行くと、テレビの明かりに照らされて、既に正常位でつながり、上になった父の腰が母に打ち付けられているのが見えた。隣室いるはずの私を気にしてか、母は声を押し殺していたが、感じている様子は明らかだった。父は母が絶頂に達するのをコントロールしながら、母に「◯◯(私)とするか?」と繰り返し聞いていた。「そんなことできないよ。◯◯は私になんか興味ないよ。」と言っていたが、父が何度も焦らすようにしてると、「わかったから、するから。◯◯が本当にしたいならするから。」と遂に折れたようだった。父が母の耳元で小声で伝えて、腰使いを早めた。母が扉の方を見て私に気づき、布団で隠そうとしたが、父は取り去り、「前に明るいとこで見られてるのに隠す必要ないだろ。それにお前はあとで◯◯とするんだろ。終わらすからいけよ。」と激しくなり、止まった。母の身体はビクついていた。繋がりを解くと母はティッシュでマンコを隠すように拭くと、父は立ち上がって母に処理を促した。母は私を気にしながらも、父のチンコからコンドームを外し、父に促されてきれいにした。
父が母に、「ほらもういいから、◯◯の部屋に行って来い」と言うと、「◯◯、、先に部屋に戻ってて。後から行くから」と。
部屋に戻って20−30分後と思う。とても長い時間に感じたが、母はパジャマを着直してやってきた。
「本当にしたいん?母親だよ。若い子でもないし、実の母親だよ。後悔しない?」「ずっとしたかったか。」「わかった。◯◯が本当にお母さんとしたいんならいいよ。しよ。」と、母が自らパジャマを脱ぎ捨て布団に入ってきた。
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