どうしようか迷いましたが、批判する人は理解力が無い低能民族の在日さんだと思われる書き込みもありましたから、肯定してくれる方の為にその後のことを書きこみたいと思います。
結婚して8年で、やっと夫婦らしい性生活を営めるようになりました。
逝くことを覚えた妻でしたが、まだ乙女の恥じらいは消えずに、安達祐実さんに似た幼い顔で恥じらっていました。
それでも自分から股を開いて、陰唇を丸開きにしてクンニに悶えたり、陰茎をネチッこくフェラしたり、過去8年の夫婦生活ではしなかった騎乗位や後背位もこなすようになり、なんだ、か妻が淫乱になる努力をしているようでした。
それはきっと、妻との性生活を取り戻す時、私が、
「普段は可愛くて大人しい清純な女で、夜、夫にだけは淫らな姿を見せる女が理想の妻だ。」
と言ったからなのでしょう。
私の陰茎をパジャマの上から握って営みをおねだりしたり、自分から陰唇を拡げて見せたり、騎乗位で腰をクイクイさせながら自分で胸を揉んでみたり・・・進んで快楽を貪ろうとする姿勢が見えました。
こうして、ほとんど毎日セックスをするようになって1年くらいしたら、中指でGスポットを撫でていたら潮を噴きました。
敷いていたバスタオルがグッショリとなるほどに潮を噴き、シーツまで取り換えました。
「ヤダ・・・私ったら恥ずかしい・・・」
と、潮を噴いた自分を恥じらう妻に、
「お前は、可愛い顔をしている清純な女だが、本当は淫乱なんだよ。きっと・・・」
と言葉責めをすると、真っ赤になって恥じらっていました。
私は、クンニしている時にもジュワっと愛液を溢れさせる妻を知っていましたが、潮を噴いたのは初めて見ました。
2人の子供を産んでいるとは思えないほど、全く使い古されることなく処女の頃の色と形状を保っていた妻の潮噴きは興奮ものでした。
「お前のオマンコはきれいだなあ・・・」
と言ったが、妻は顔を真っ赤にして、可愛く恥ずかしがりました。
この頃から、妻が基礎体温を管理し始め、
「そろそろ生理が来る頃だから・・・中に・・・欲しいな・・・」
と中出しを要求してきました。
下の娘を作る時以来の中出しでしたが、その時とは全く違う妻の淫らな反応に私は満足でした。
三十路の人妻らしからぬ幼顔と綺麗な陰唇、そして膣穴を彩る中出し精液は、性を愉しむ夫婦ならではの光景だなあと思いました。
レスを解消して3年、今では、妻は思い切り股を開きます。
抱き合って、キスして、クンニ、フェラ、挿入・・・妻はとても満足しています。
「セックスって、こんなに良いものだったんだ・・・私、一生、あなただけとしかこんな恥ずかしい事しないから、いっぱい愛して欲しい・・・」
まるで新婚夫婦のようです。
今では、妻の方から求めてくることもあります。
私のパジャマの上から陰茎をさすり勃起させ、ズボンとパンツを脱がせます。
そのとき妻は既に下半身裸で、しかもヌルヌルぬ濡れています。
そのまま私に跨がり、陰茎を膣にゆっくりと入れます。
「ハァ~~~」
レス解消してから覚えた騎乗位では、妻は地涌に腰が動かせるから自らGスポットに亀頭を当てて悩ましい吐息を漏らし始めました。
でも、妻はある程度の快感が限界で、声を我慢することができなくなると同時に快感も我慢し始め、腰の動きを緩めてしまいます。
「もうダメ・・・」
と言って私の胸に倒れ込んでしまうので、体勢を入れ替えて正常位で妻のGスポットを突きます。
すると妻は、
「アァアァァ・・・」
と一瞬喘いで、ハッとした表情で声を抑えます。
そのくらいの声なら子供たちまで聞こえないと思いますが、妻は、子供たちの前では清純なお母さんでいたいのです。
シーツを握りしめて皮脂で耐える妻ですが、声を抑えれば押さえるほど息遣いは激しくなり、ついに仰け反って逝くのでした。
「気持ち良すぎて、頭がおかしくなっちゃう・・・」
結婚して8年にして目覚めたセックスの快感も、それから3年もすれば、清純な乙女もすっかり淫乱を隠さなくなっています。
妻がセックスを楽しみにするようになったら、私の男性器をとても慈しむようになりました。
フェラする前には陰茎に頬ずりし、陰茎を頬張るだけでなく陰嚢も舐めます。
妻に快感を与えてくれる愛する夫の男性器がとても愛おしいのが伝わってきます。
妻としては、その前に私がするクンニが、妻の女性器をこれでもかというほど舐めまわして、陰核を吸いながら舌先で転がして、妻が逝く寸前まで追いやる行為に対する受け止め方の変化もあるのです。
元々妻は強烈な恥ずかしがり屋で、股を開いて陰部を晒す行為を極力避けようとしていました。
夫と言えども、女性が最も恥ずかしい部分を白昼の元に晒すことを拒んでいましたので、そこを舐められるなどという行為は耐えがたい恥辱だったようです。
でも、男女の愛し合う究極の行為であるセックスには、お互いを気持ち良くさせようとする愛情が重なり合うことで、思いもよらない快感を伴う事を知った妻は、性器という器官に対して愛情を注ぐことを受け入れるようになったのです。
陰唇を拡げられて恥ずかしい穴を丸出しにして舐められる羞恥は、愛する夫だからこそ許せる行為であり、本来はグロテスクな排泄器官である陰茎でも愛する夫の陰茎なら愛おしいと感じるようになったのです。
結婚して11年、性に疎い処女妻の開発をやっと終えた私は、童顔妻の清純な日常を眺めてその可愛さに満足しながら、毎晩その清純を覆す夫婦の営みに精魂を注ぐのであります。
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