第六章 その壱
当日は朝から雨がぱらついていました。
おおまかな流れは博さんから聞かされていたので、約束の時間の一時間前にはホテルの部屋に入りました。
待ち合わせ時間は14:00。
別々にシャワーを済ませガウンを纏い、今はお相手のご夫婦が入室する時間の30分前です。
お互い緊張しているのか、部屋に入ってから一言も言葉を発していません。
彼はソファで今日何本目かのタバコに火をつけて、咥えたまま煙を吐き出しました。テーブルの上には缶ビールの空き缶が二本並んでいます。
私はベッドの端に腰掛けたまま、何度も枕元の供えつけのデジタル時計に時折目をやりながら、時間を気にしたりして落ち着きません。
時計が13:45に切り替わったとき、彼が意を決したように立ち上がり私の元へ歩み寄ってきました。
「雪江、始めようか」
彼がどんな表情でそういったのか、私はうつむいたままだったのでわかりませんでしたが小さくうなずきました。
「あっ」
次の瞬間、私のガウンの紐を解き、前襟を左右に乱暴に広げたかと思うと、そのまま私に覆いかぶさってきました。
興奮しているのか、いつもより強く私の乳房に吸いついてきた彼の頭部を両手で抱きしめながら
「ああっ、ねぇ、電気、消さないの?」
私が尋ねますが、彼は聞こえていないのか、なおもいつも以上に激しい愛撫を続けます。
諦めて目を閉じようとすると、彼がガウンのポケットから何かを取り出すのが目に入りました。
次の瞬間、黒い布状のそれを私の顔に押し付けました。
「えっ、やだ、何」
一瞬で視界を奪われて、うろたえましたが、それが目隠し、アイマスクであることにすぐ気づきました。
「博さん、なに、これ。どうして」
「こうしたほうが、雪江がしやすいかと思ったんだけど。嫌かい?」
彼の言っていることの意味はすぐにわかりました。不安はありましたが、彼の言う通りにしました。どのみち行為の間は目をつぶっているつもりでしたし、完全に視界を遮られることで、妙な開き直りのような気持ちが芽生えたからです。
こうなったら、彼にすべてを委ねよう。そう思い愛撫の続きに身を任せました。
どれくらいの時間がたったでしょう。次第に身体の芯に火照りを感じ始めたとき、ドアをノックする音が聞こえました。
一瞬、彼と私の体が硬直しました。
ひとつ息をついて、彼が「どうぞ」とドアに向かって声をかけます。
ドアを開ける音は聞こえませんでしたが、誰かが入ってきた気配を感じます。
「どうも」彼が少し体を起こして言うのがわかります。
「こんにちは」かすかに掠れた女性の声は、年齢より若く、少し震えているように聞こえました。
わずかな沈黙の後、ベッドから離れたところで衣擦れの音がします。お相手が服を脱ぎはじめたのでしょうか。
彼がゆっくりと私に体を重ね直し、前戯を再開しました。
シーツを被っているとはいえ、初めて会う男女の前で何も身に纏わずにいることを改めて感じ、全身が一気に羞恥心による火照りで包まれます。
それは彼も同じようで、手や舌の動きがいつもよりぎこちないのですが、いつしか、それが普段と違った気持ちよさを呼び起こしてしまうのです。
押さえようとしていた声が、徐々に漏れてしまいそうになります。
「ああっ」
隣のベッドからの声に、私は見えないのにも関わらず顔を向けてしまいました。
先ほど一度耳にしただけの、ハスキーでセクシーな声は、深く吐息をもらしながら、より艶やかさをおびています。
途端に私の中で張り詰めていた糸のようなものが切れる音がしました。
「ああああっ」
まるで、隣の奥様に対抗するかのように一際大きな喘ぎ声をもらしてしまいました。
それに呼応して、今度は彼女が声を上げると、そこから先は歯どめが利きませんでした。私と奥様の喘ぎ声は、堰を切ったように部屋中を満たし始めたのです。
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