ごめん、ごめん。難しすぎる、って意味と、もう一つは今朝方まで股割りの
女性とともにしてましたので、エヘヘ。締まりのない声でどうも・・
口直しに、書き直した「赤とんぼ」雑記、小部分ずつ送りますね:
童謡「赤とんぼ」についてのお喋りです。まず歌詞です。
(1) 夕焼け小焼けの 赤とんぼ 負われて 見たのは いつの日か
(2) 山の畑の 桑の実を 小かごに摘んだは まぼろしか
(3) 十五でねえやは 嫁に行き お里の 便りも 絶え果てた
(4) 夕焼け小焼けの 赤とんぼ とまっているよ 竿の先
:この歌詞は知ってますよね?「追われて」じゃなくて背負われて、という
意味なのも知ってました?小さい頃、文字抜きで耳からだけ入ってきた時、
ボクは「追われて」の意味に理解してました。たぶん、もう時効ですね。
歌全体を朗読してリズミカルに感じるのは、七五七五とくり返すためで、
この七五調は日本の詩の韻として、もっとも普遍的といっていいでしょう。
歌詞の各節から、いたずらに冒頭の七文字を除いてみると、五七五と俳句の
韻にもなっていますね。但し、その場合、第三節だけは主語が抜けて何やら
意味不明瞭になってしまいます。その他は、何とか俳句にも使えそうです。
この「発見」には裏がありまして、ボクのオリジナルじゃありません。
第四節にある「赤とんぼ とまっているよ 竿の先」というのが、じつは
作者の三木露風が(旧制)中学校の課題をして作った俳句だったそうです。
そう思ってみると、この句と第四節全体だけが子供っぽくも見えてきます。
逆にこの俳句を生かそうと思ったから、童謡っぽく仕上げたといえるのかも
知れませんね。
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