昨夜の『日本昔話』だけではチト寝付けなかったでしょうね。そっち方面の
熟眠剤には不自由してないだろうから勘弁してもらって、と。
過去レスを読み返してて、ふと面白いことを思いつきました。『稲架木』
(=はさぎ)として使われていた「はんのき」ですが、命名というか、そう
いう呼称のできてきた、その元は『米をかけて干すための木』つまり飯の木
という辺りじゃないかと思うんです。「榛の木」という漢字がありますが、
ほとんど使われることもなく、ひらがなで「はんのき」と表示されます。
用途は、この『稲架』用と、土手に植えられて構造を補強するって意味で
『土手材』として、が主なところです。あまり深く根を張らないので、畦の
ような地下水位の高い場所でも生育できる点が好いのでしょうね。
少し調べましたが、ボクの新しい観点については、積極的に否定も肯定も
してくれる資料に行き当たりませんでしたネ、残念。ここにだけ書き込んで
せめてウサを晴らしておきます、ゴメン。ア、ゆかりさんにとり、あんまり
面白くもなかったですね、これもゴメンです。
海の痴漢ごっこ(ナンパ未満という謙譲の意味)報告で一つ書き落としが
ありました。ボクの当時の服装(?)が赤いフンドシだったことです。もう
すっかり忘れていて、書き落としとも思っちゃいませんでした、ごめんね。
ことさら謝る理由は、今になってみると、アレがかなりの武器になってたと
気づいたからです。まず強力なインパクトです。強烈と言っていいかナ。
ドラマの進行次第で、もう一つ強力な味方になったんですよ、エッヘン。
自分が浮き輪に入っちゃった後では、水の中で自由にほどけるし、いったん
ほどけばフリーな紐として使えます。この紐で同じく脱がせちゃった相手の
女の子の水着のアンダーを縛って浮き輪にぶら下げておけたんです。どう?
すごいアイデアでしょう?やりたい盛りの高校生のボク、そんな奇想天外の
行動を取っていたんですねえ。ウーン、我ながらため息が出てしまいます。
ま、思い返せば中2ぐらいで赤フンを希望した段階で、ひそかに顕示欲が
芽吹いてきてたんでしょうね。どこでもらったか紅白の反物セットを見て、
母に頼んでボクのフンドシ用に切ってもらいました。言葉の上では六尺褌と
言ったりしますが、ホントのところ六尺=180cmでは足りません。尻が
大きい方かも知れませんが、もう50~60cm長い目に切ってもらったと
思います。少しあまった布がブラブラしてました。
戦前の昔ならともかく、ボクの頃でももちろん唯一のフンドシ姿。恐らく
凄いインパクトがあったろうなあ。中学になかったけど(附属だったから)
高校にはプールがあって授業もあったし、水泳大会もありました。その気で
フンドシ姿をさらしたこと、モチの論です。クラスマッチでウチのクラスが
優勝の予定だったので(ボク自身は背泳で出ました)、表彰式で級長だった
ボクが表彰台で賞状を掲げた写真があったはずです。どこに仕舞ったか?
ウン、卒業アルバムに入れさせたかったけど、アルバム委員に断わられた
覚えもあります。自己顕示欲の塊みたいな青春だったかな、フフフ。
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