ゆかりさん、お早うございます。生え始めまで書いてくれて、ありがとう。
ボクは6年生の終わり頃でした。ちょぼちょぼと3本ぐらい細いのが見えて
うれしいとかいうより、恥ずかしい気持ちでした。情けない、に近い気持ち
だったかも知れません。あなたの少女時代のように、人生を積極的に味わい
楽しんでいく気概がなかったようだなあ。
小6から中2ぐらいだったかナ、声変わりを越えていく事実にも前向きに
受け止めるより、失われるものへの愛惜に気が向いていたかもね。その後の
勉強で、動物行動学から「男の変声期」なるもの、鳥のさえずりと同じように
理解できると知りました。さえずりには、縄張り宣言の意味もありますが、
主にメスへの働きかけ、いわば恋の歌です。いい声で鳴くわけです。男声の
トーンが低くなるのは、逆に女性の感覚には艶っぽくも訴えうるはずです。
ヨーロッパでセレナーデという歌の形式があって、窓の下で男がお目当ての
女性を意識して歌うことになってます。あれでいいんですね。そうと分って
ボクも「変声期コンプレックス」が払拭できました、ハハハ遅いんだよ。
ゆかりさん、兄弟姉妹はどうでした?あなたの肯定的態度が、どうやって
形成されてきたのか、興味を持ちました。立派だし、よかったですね。
ボクは男ばかり。団子三兄弟です。まあ、ボクのウチの場合は歌と違って
「自分がいちばん、三男」でした。二番目とボクは今でも仲良しです。まあ
末のは威張ることもないんですが、末っ子で甘ったれなんだけど、その辺が
うっとうしいからボクの方から距離を置いてるってとこ。イヤ、ここまでは
関係なかったね。お医者さんごっこは、だからよその子が対象でした。
問題は異性への見方、働きかけの次元です。同胞に異性を持てないとき、
異性への対処がぐっとぎこちなくなるんじゃないかと思います。異性だけで
なく、自分の性への肯定感を育てる過程が微妙になるのかも知れない。いや
異性の同胞を持っても、そうした複雑さは劣らないかも知れない。どっちの
場合も、人間一人のココロが育っていくって大変なことなんだなあ。
ゆかりさんに倣って(ならって)お医者さんごっこのことを書こうとして
ついつい余計なことまでも考え始めてしまいました。初めてのきつい体験は
小1のとき、一つ上の女の子がボクと、もう一人の子を相手に、モロ本番を
試みたときです。カノジョだけが指導的にコトを進めたことからみて、多分
その家では親が子供の前で平気で見せていたんでしょうね。記憶がもう一つ
不鮮明だけど、ホントに入れようとして彼女が「痛い」と言い出して、外側で
くっつけあうだけで終わりました。初体験がいきなりmfmの3pだったと
いう訳です。彼女とはずっとそこそこの遊び友達でしたが、あの本番紛いは
再現されませんでした。どうしてだっただろう?
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