続きです。
夫の携帯が鳴り、反射的に私は恐怖心を覚えていました。電話の相手はカトウさんでした。「えっ、今からですか?今日はちょっと・・・」夫が対応に
苦戦しながら、私と義父の顔を見ていました。義父が「ヒロシ、ワシの事なら気にするな、また・・」と、続ける義父の言葉を制止する様に、私は義父の
手を握り首を横に振りました。義父は何か異変を感じてくれたのか、その後の言葉を飲み込みました。夫の言葉しか聞こえませんが、「それは無理ですよ」
とか、「親父も居ますよ」「妻が了承しませんし、俺も許可しませんよ」などと言っていましたが、一方的に電話を切られた様子でした。
「どうしたの?」不安そうに私が聞くと、「今から酒持って来るって一方的に言って、電話を切られた」「私が了承しないとかって何の話?」「いや、それが、
言う事が無茶苦茶で、ユキだけでもいいから俺の家(工場長の家)に来て一緒に飲もうって」それを聞いて私はとても大きな恐怖心を抱きました。
そこで義父が、「ヒロシ、今の電話の人は先日祝ってくれた上司と違う人なのか?」と、尋ねました。「同じ人だよ」夫が小声で言いました。「そうか、お前には
悪いが、常識を欠いた人格だと思うが。お前の説明が本当なら」ゆっくりとした義父の口調とは逆に、何か焦っている様子で「完全な二重人格なんだよ。酒飲まなかったら
とてもいい上司なんだ」「まあ、ここに向かっていると言うなら仕方無いじゃないか。ヒロシが応対しなさい。お前の客だからな。」そして、「ユキちゃん、ちょっとワシの
部屋まで来てくれるかなぁ」私に微笑んで声を掛けてくれました。私は、「ヒロ君、怒らせないで上手にカトウさんと話してよ」そう告げると義父の部屋に入りました。
義父の部屋に入るのは初めてだったのですが、とても整理整頓されていて落ち着いた感じの部屋でした。「お義父さん、何?・・。」私は義父が何を言うのか予測出来ませんでした。
「ユキちゃん、今から来るヒロシの上司が原因だったのかい?いつだったか、玄関先で泣き出したのも、この前ワシに家を出たらどう思うか聞いてきた事も」
私は夫が関係している事も有るので黙っていました。私の様子を察したのか、「言いたくない事は言わなくていいさ。どんな事情が有ったか知らないが、ワシが気付いていれば
アンタが悩む事も無かったかも知れないなあ。今更だが、嫌な思いをさせてすまなかったなあ、許してくれないか。」義父の言葉に涙が零れてしまいました。義父は全く悪くないのに。
私は、そんな義父に謝りたい気持ちになりました。そして、「今から来る上司に顔を見せる事は無い。ここに居なさい。何も心配する事は無いんだよ」そう言ってまた微笑んでくれました。
やがて、インターフォンが鳴り、夫が玄関に向かう様子を、義父と一緒に部屋で伺っていました。大きな声が聞こえて来ました。「おお、ヒロシ!お前、何様のつもりだ?ああ?」何処で
どれだけ飲んだのか、暴力的な雰囲気さえ感じてしまう程のカトウさんの怒声でした。「工場長、ちょっと待って、俺は別に何様って態度していませんから」夫が必死に釈明している
様でした。「おら、酒買って来たぞ、飲め、飲め、おい!」「工場長、ちょっと、今日は親父も居るって言ったでしょう、少し静かにして飲みましょうよ」夫がなだめていますが、
「親父がなんだ?なんで今日は親父が居るんだ?」聞く耳を持たない様子です。私の横で義父が呆れた感じで少し笑いました。「これじゃあ、ユキちゃん大変だったなあ、稀にみる酒乱だな」
そしてカトウさんが、更に大声で「おい!嫁はどうした、ヒロシ、お前の嫁は!」「工場長、ちょっと静かにして下さい。妻は今日は体調が悪くて」夫がなだめていますが、「はあ?体調が
悪いだあ?生理痛か?よし、俺が看病してやる。どこの部屋だ?」そう言うとテーブルの椅子が動く音がしました。「ちょっと、待って、工場長!」夫が制止している様です。その時義父が、
「ユキちゃん、ここでテレビでも観て待っていなさい。部屋から出てはいけないよ」そう言ってテレビを点けるとリモコンを私に手渡してリビングの方に行きました。私はテレビどころでは無く、
耳を澄ませてリビングの様子を伺いました」「なんと盛り上がっていますなぁ」義父の声から始まりました。「ああん?誰だ?」「あれ、ああ、親父です、工場長、俺の親父です」夫が動転している
様子でした。「はあ?親父?本当に居たの?」「だから言ったじゃないですか、工場長!」すると、「ヒロシは少し黙っていなさい」ゆっくりと義父が言いました。「ちょっと、親父!」
夫の動揺が伝わって来ます。義父は「ヒロシが本当にお世話になっております。先日はお祝いまでして頂き、お礼の挨拶が遅れて申し訳ありません」「いや、俺は別に、親父のアンタに・・」カトウさんが
何か言いだした言葉を遮り、「しかしながら、酒の席はもっと楽しく行いたいものですなあ。失礼だが貴方は、人と一緒に飲むには向いてないのではありませんか?」「なんだ?おい、ヒロシ、なんだこの親父は!」
「今は息子は関係ないですよ。私が話しをしているんだ。ここは私の家だ。家長の私が貴方に話しているのですよ」
「何が言いたいんだ?俺はヒロシの上司なんだぞ、ヒロシは関係有るだろうが!」「職場では上司かも知れないが、ここは職場では無いのです。私の家ですよ。私の家で勝手な振る舞いは遠慮して頂きたい。」
「何だと?、それが客に対する持て成しか!」「いいえ、そもそも今日は御招待していないと私は承知していますよ」続けて、「私は家族を大切にしています。その家族を脅かしたり不快にさせる様な人、
つまりは、貴方の様な人は、二度とここへは来ない様にお願い申し上げます。」カトウさんは黙っていましたが、「何を偉そうに言っているんだ?お前なんかに用は無いんだ!嫁は、嫁はどうした!」
「うちの嫁に何の用です?」「ああ?いいから嫁を呼べよ!アンタ知らないだろうけどなあ、あの嫁は俺に惚れているんだよ!」私はその言葉に胸が苦しくなりましたが、同時に、{ダーン}ともの凄い音がして、
(たぶん、テーブルを叩いた音です)「おい、うちの嫁が誰に惚れているって?」聞いた事も無い声です。(えっ、ヒロ君?)「もう一度言って下さいよ、誰が誰に惚れてるって?」「ごめん、親父、ちょっと待って、」
「うちにはなあ、お前の様な汚れ男に惚れる様な人間はいないんだよ、おい、もう一度いってみろ」「なんだ、お前、やるのか・・?俺は空手をやっていたんだぞ」「それが、どうしましたか、さあ、殴ってみなよ」
「親父、頼む、工場長、今は違う人なんだよ」驚いた事に、話の様子だとドスの効いた低い声は義父の声みたいなのです。「工場長、すみませんが、今日は帰って貰えますか」夫の声が震えています。「はん、面白くも無い、
帰るよ、二度と来るかよ、こんな家」カトウさんは携帯を取り出したのか、「おい、俺だ、すぐに来てくれ、すぐだ、さっきの場所だ、急げよ」代行会社を呼んだようです。「代行が来るまでここで待てばいい」義父です。
「誰が、待つかよ、外で待つ」カトウさんが興奮しています。「アンタの為じゃない。うちの為だ。アンタの様な酒乱が外で騒いだら、御近所迷惑だ。うちも体裁が悪い。ここで待て」「親父、分かったから、代行が来るまで
俺が一緒に居るから部屋に戻りなよ」夫が仲裁の様な役割をしています。やがて義父がこの部屋に戻って来ました。いつもの表情で、「ユキちゃん、大声出して驚いただろ?スマン、スマン」優しく私の肩を叩いて笑いました。
「お義父さん、私・・・」「何も言うな、何も言わなくていいんだ、アレが帰るまでここに居なさい」先程の義父の声と全然違う義父の声。いつもの優しい声でした。リビングの様子は不思議な位に静かなままでした。やがて、
携帯の音が鳴り、「ああ、すぐ行く」「工場長、お気をつけて」玄関まで夫が送っていく様でした。そして、義父の部屋の戸が開き、
「親父、ユキ、工場長帰ったから」夫が顔を覗かせました。この後、リビングで私も知らなかった義父からの話が有りました。
もうすぐ夫が帰って来るので、続きは後日か、夫が今夜眠った後に投稿します。
すみません、続きも読んで下さい。もう少しで終わりますので。 ユキ
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