9/29
PM12:00
「今日は買い出しです」
いつもに比べるとライトなタイトルでyさんからメールがきました。
昨夜は奥様が、堕ちた記念にイカセようかと思いましたが、奥様の体力的な事も考え、美味しい夕食と、しっかりした睡眠を取って頂きました。
奥様的には少し残念がってはいましたが…
調教を受けるのは体力的にも精神的にもかなりの負担がかかります。なので体調は大事です。今後の為にも昨日は休養を取りました。ご理解ください。
本日はこれからの調教の為に奥様と買い出しにきています。ずっと室内にいましたので奥様も少しはリフレッシュ出来るのではないでしょうか?
まあ、ただ外に来ただけではないですが…
詳細についてはまた、夜にメールします。では。
なんて事のない内容のメールに何故かがっかりしてしまう自分がいました。
これから妻がいかされるのか…
そう思いながら昨日はなかなか眠れずに妻の心配をしていたのですが、実際は休養を取ったと。。。
よくよく考えれば妻にとっても私にとっても、妻が無理なく調教されているのは良い事です。なのに。何故?
何故、私は安堵より早くがっかりの感情が、先にきたのでしょう。私自身、妻がつらい思いをしてることを心の中で望んでいるのでしょうか?考えるほど自己嫌悪におちいります。
そして気になるのはメールの最後の一文です。「ただ外に来ただけではない」とはどういう事でしょうか?
また、夜のメールが、待ち遠しくてしかたありません。
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