セックスが嫌いなわけではありませんでしたが、極端に乱れることはなかった妻でした。
おそらく、それは彼女の性格から来ていたのでしょうが、とにかく若い頃から、細い声を出して遠慮がちに悶えるだけで、どんなに悦ばせても、はしたなく声をあげて、よがるということはありませんでした。
裸にすると、いつも恥ずかしそうにしている妻が、私は好きでした。
それは、何年経っても変わらず、奥ゆかしさがあって、控え目な性格が、とても気に入っていました。
だからこそ、他人に抱かれたら、どのように変わるのか、それを見てみたいと思いました。
きっと、誰に抱かれても、妻が狂ったように吠えるなどと言うことは、あり得なかったと思います。
しかし、Tだけは、別でした。
Tは、ゆっくりと押し込んでいきました。
それは、まるで妻の性器を味わっているかのようにも見えました。
止まるところを知らず、どこまでも入ってくるペニスに、妻は「怖い。」と、声を震わせて泣き出しました。
根本まで押し込み、ずん、と最後の一突きをすると、妻は、背中を仰け反らせて、絶息しました。
息ができなくなるほどに、Tのペニスは妻の膣を圧迫していたのです。
Tが動き出しても、妻は、喘ぎ声さえ上げませんでした。
あげたくても、苦しすぎて、声が出せなかったのだと思います。
それほどに、Tのペニスは巨大でした。
Tは、妻を見下ろし、うっすらと笑いながら、腰を緩慢に動かしていました。
おそらく、今までの経験から、ほとんどの女が、妻と同じように声を出せなくなるのを知っていたのだと思います。
だから、妻が極端によがらなくても、Tは表情も変えずに、責めているだけでした。
長いストロークで、妻を責め続けました。
両足を肩に担がれ、身体をくの字に折られて、上からされると、妻は「嫌、怖い。」と何度も泣きながら繰り返しました。
しかし、深く押し込まれてから、それを許されると、快感が込み上げてくるのか、妻は、次第に声を出すようになりました。
何度もそんなことを繰り返され、Tから「ほら、叫べや。」と、突かれながら言われると、妻は、それまでの我慢を一挙に吐き出すように、声を出し始めました。
それは、ほとんど絶叫と呼んでいいものでした。
妻の叫び声とともに、Tのボルテージも上がっていきました。
額に汗が滲み始め、腰のグラインドが大きくなると、妻の叫び声もまた大きくなっていきました。
細い腹を両手に掴まれ、腰を浮かせて突かれるようになると、妻は、何もかも忘れたように狂ったように身悶え、自ら腰を高々と浮かせさえしました。
髪を振り乱し、耐えかねたように狂い続ける妻は、私が今までに見たことのない妻でした。
Tの腰使いが激しくなっていくと、妻は、いよいよ我を忘れたかのようになり、「気持ちいい!」と、声高々に叫ぶようになりました。
Tが、「どこが気持ちいいんや?」と、訊ねると、最初こそ答えはしませんでしたが、何度も同じ質問を繰り返されていくうちに、やがて堰を切ったように「おマンコが気持ちいいです!」と、妻は叫んだのです。
まったく信じられない光景でした。
いったん口に出すと、もう止まらなくなったらしく、妻は「あっ!あっ!」と、自ら求めるように腰を積極的に動かしていき、いやらしくくねらせながら、「おマンコが気持ちいいです!おマンコが気持ちいいです!」と、立て続けに連呼するようになりました。
Tが発狂すると言った意味がわかったような気がしました。
まさしく、妻は快感に狂っていました。
奥ゆかしさなど、もうどこにもありませんでした。
そこには、一匹のメスと化した妻がいるだけでした。
Tは、様々な体位で、妻を責め立てました。
そして、時折抜くと、妻の性器に指を入れながら、「ほら、出せや。」と言ったのです。
そのまま小便をしろ、と強制していたのです。
さすがにそこまでは、落ちたくない妻は、かなり頑張って、抵抗していましたが、Tの巨根には、敵いませんでした。
Tが、小便を出すまで、突き続けるのをやめなかったのもあり、根本まで深く押し込まれては、クリトリスと摘まれ、「出せ」と、命じられて、何度目かのバックで責められているときに、妻の我慢も限界となりました。
妻は、Tに突かれながら、ベッドの上に小便を垂れ流していきました。
Tの巨根が押し込まれるたびに、股間から勢いよく小便を噴き上げ、「ああっ!気持ちいいっ!」と、泣き出しそうな声で叫びました。
男の私にはわかりませんが、それは、気が遠くなるほどの気持ちよさがあるのだそうです。
ベッドは、妻の小便で水浸しになり、溜まりができるほどに濡れてしまいました。
Tの着ていたTシャツにも妻の小便は掛かり、Tは、妻を責めながら、濡れたそれを脱いでいきました。
そして、背中に鮮やかな入れ墨が掘ってあるのを見て、私は、息を飲んだのです。
咄嗟に、やられた!と思いました。
一瞬にして、脳裏に893の3文字が浮かびました。
自分から餌をまいて、罠に掛かった、ばかな変態夫婦です。
これをネタに脅され、一生を食い物にされるかもしれない。
もしかしたら妻は、風俗にでも売り飛ばされるかもしれない。
そんなことを考えたら、足が震えて止まりませんでした。
そのうち、ドアを蹴破って、若い奴らが襲撃に来るのではないか、と何度もドアに目を向けていたほどです。
結局、そんなことはありませんでしたが、Tには、記念だからと、携帯電話のカメラで妻の痴態を撮られてしまいました。
「写真は、やめてくれないか。」と、頼みましたが、「記念に撮っとるだけや。誰にも見せんから心配すなや。」とTは、取りあってもくれませんでした。
その時の私は、逃げるために家の引っ越しさえ考えていました。
もう二度と寝取られなどすまい、と誓ったほどです。
しかし、結局、Tが脅しに来ることはありませんでしたし、私が引っ越しをすることもありませんでした。
Tは、純粋に他人の嫁を奪うのが好きだったらしく、目的さえ達成してしまえば、それからは、おとなしいものでした。
後日、「大変、素晴らしい時間を過ごさせていただき、ありがとうございました。また、機会がありましたら、お声を掛けていただければ幸いです。」などと、馬鹿丁寧な礼のメールまで寄越したほどです。
無論、私たちが、二度とTに声を掛けることはありませんでしたが、妻は、あの夜の強烈な体験が忘れられなくなったらしく、それからというもの、彼女は大きく変わっていきました。
あの夜、妻は鞭で叩かれ、浣腸をされ、また縄で縛られて、Tのなすがままに犯され続けました。
最後は、自分を見失ったようにTに突かれながら、中に出してくれとせがみ、さすがにそれは、まずいのでやめさせましたが、Tは、アナルで中に出すことを要求してきました。
妻は、あっさりとそれを呑んでしまい、初めてのアナルセックスで、男の欲望を体内に受け止めました。
あの巨大なものをよく呑み込めたものだと思いますが、Tの調教に関する腕前だけは、確かなものがあったのです。
Tは、念入りにバイブで拡張を試み、裂傷だけは避けてくれました。
しかし、おかげで妻はアナルセックスの気持ちよさを覚えてしまい、以来、私は、妻にせがまれて調教するようにもなりました。
にわか仕込みですが、妻が協力的だったこともあり、今ではいっぱしの技量にはなったと思います。
最近では、イラマチオはもちろんのことフィストファックまでするようになり、もはや、奥ゆかしくて控えめだった妻の面影はありません。
貸し出しも頻繁に行うようになり、妻の身体には、他の男たちが記念に残す傷ばかりが目立つようにもなりました。
しかし、妻は、それを喜んでいますし、私も後悔はしていません。
Tの一件は、2年ほど前のことであり、最近ではあの夜を懐かしんで、妻とよく話したりもします。
妻もTの巨根には未練があるようで、機会があれば、また会ってみたいとも言います。
すっかりメアドがわからなくなって、Tとは、連絡がつきませんが、おそらく連絡がつくようになれば、またTに妻を貸し出すことでしょう。
すっかりMとして開花した妻が、今度は、どんな痴態を見せてくれるのかと思うと、楽しみでもあります。
しかし、これはTが何もしてこなかったから、懐かしい思い出話にできるのであり、もし、あの時Tが脅しでもしてきたら、私たちは為す術もなく、Tの思うがままに遊ばれる玩具にされていたと思います。
それを考えると、怖い体験ではあったなと思い、投稿しました。
乱筆乱文のところ、最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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