俺はその場にしゃがみ込んで泣き続ける女にどう接したら良いか分からず狼狽えた。
大丈夫ですか?あの、そんなとこじゃ何なんで座ってください。
おれは泣きじゃくる女に助手席のドアを開けて座るよう促した。連れの男の方はどうしたんですか?助手席に肩を振るわせて泣いている女を座らせながら俺は尋ねた。
逃げました。女はポツリと呟き泣き止み、助手席に座って前方の闇を見つめながらもう一度、逃げちゃいました。と独り言の様に言った。
俺は何と返事を返したら良いか分からず黙り込んだ。女も闇を見つめたままで暫く沈黙の時間が流れた。その沈黙を破ったのは彼女の携帯の着信音だった。
暗く静かな車内に彼女のスマホの着信画面の光とバイブ音だけが響きわたる。着信画面の青白い光に照らされた彼女は無表情のままで、彼からです。と誰に言うでも無く呟いた。
彼、外でするのが好きなんです。週末は車に乗せられてあちこち人けの無いところに連れていかれて、ああいう事したがるんです。青白い光に照らされたまま無表情の彼女が俺に言う。
聞けば逃げた男は、長年不倫関係にあった元会社の上司なのだと言う。不倫に気づいた奥さんに出て行かれて1人になった彼と内縁の関係が続いているのだと言う。
不倫時代にはノーマルな性交渉をしていたのが内縁状態になった途端に彼の性癖が堰を切ったように出て来たのだと言う。
事ある毎に、お前のせいで家庭も会社勤めも駄目になったと責められて彼の言いなりになってコンビニの駐車場、深夜の映画館、雑居ビルの踊り場で彼の欲望の捌け口にされていると言う。
そのくせに、今夜俺の駐車場の暗がりでコトに及んだところを見つかると彼女を置いて我さきに逃げたばかりか、携帯をあの場に落として来たと近くに停めた車の中で話すと俺は関係ない、1人で取りに行けと車を降ろされたのだと云う。
私、何やってんだろう。彼女は呟くとふたたび泣き始めた。俺は居た堪れず彼女の肩を抱いた。
彼女は俺の胸にしがみつきながら激しく泣き始めた。
〜つづく
※元投稿はこちら >>