男は自分を高橋だと名乗った。
高橋は相変わらずヘラヘラとした語り口調だったが、綺麗に刈り込まれた坊主頭の眼光は時折鋭く、俺は正直、初めから奴に飲み込まれていたかもしれない。
高橋と名乗る男は、いや突然に横に入ってきてこんな調子で話されりゃ誰だって怪訝に思うのは当たり前ですよ。
でもね。お兄さん、私も誰でも声を掛けてるワケじゃないんです。私もこの商売を始めて長いんですよ。何でもそうですけど、大概の才能やセンスが無い人間は普通に人生やってりゃ良いんですよ。
でもね。才能やセンスがある奴にも2種類居てね。
才能が有れば良いって話じゃなくてね。トップに立たなきゃ才能が活かせない奴とトップに立つと才能が活かせないで潰れる奴が居るんですよ。
勿論いずれにせよ、トップに才能がなきゃ駄目なんですがね。兄さんの場合は上に才能がある奴の下なら自分でも気が付いてない才能が発揮出来る奴なんですよ。
兄さんが今、こんな酒場で燻ってるのは、兄さんに才能が無いからじゃない。兄さんの才能を活かす才能を持った奴に今まで出会ってないからなんです。
高橋は俺の目を見ながらゆっくりと語った。
俺は高橋の話に引き込まれていたが、我に返り被りを振って酒を煽いだ。で、俺の才能を活かしてくれるのがお前さんって話かよ?俺は笑いながら高橋に言う。
ええ。烏滸がましいですがね。初めて会った人にこんな事を言うのは。でも間違いなく、そうなんです。お兄さん、失礼な事言うようですが今の人生、この生活に納得されてますか?
俺だって好き好んでこんな負け犬人生をしてる訳では無い。今の時代、地方のシャッター通り商店街の呉服屋など生き残れるワケが無い。それこそ家業を継いだその日からどうやって畳むかが頭の片隅にあった。
負け試合に駆り出された敗戦投手の様な人生だった。それなりに抗って展示会やら即売会、ネット販売だと俺なりに必死にやった。確かに、呉服屋でも上手い事をやっている人間も居るかもしれない。
しかし地方都市でいくら抗っても先細っていくばかりだった。
もし家業を継がなければと考えない日は無かった。俺にサラリーマンが務まったのだろうか?地元で一緒に馬鹿やっていたお世辞にも勉強が出来たとは言えない親友が時流に乗って東京でコンピュータの関係の営業を始めたと大昔に聞き、俺も実は何売ってんだかよく分からねぇんだよ。なんて言ってた男が今は社員を50人も抱えたソフト開発会社の経営者だ。
地元に高級外車の馬鹿でかいSUVに乗って戻ってきてはお前みたいな地道な仕事をしてる奴の方が偉い。俺なんてインチキなピンハネ稼業だよなんて言って褒めてくれたが、俺はとても素直に喜べなかった。
俺は自嘲気味に高橋に尋ねた。あんたが見たところ俺には何の才能が有るって言うんだい?
高橋はその時、俺に向き直り、俺の目を見据えてゆっくりと言った。
人を騙す才能だよ。
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