次どうします?って君。世の中コロナで何処もこの時間やってないだろ。それにこの店だってそろそろ時短で閉店じゃないのか。
紗英はそうなんだと言って俺を睨む。
睨まれても君、困るよ。世の中がそうなんだから仕方ないじゃないか。俺が言うと紗英は少し黙り込み何かを考えている仕草を見せる。
可愛らしい表情に俺は見惚れていた。
紗英は確かに男性社員が騒ぐだけの事はある可愛らしい顔をしていた。美人という訳では無いが色白で小動物を思わせる顔立ちは男好きするタイプだ。
化粧っ気の無い肌は、若さが溢れしみひとつ無く滑らかな頬など思わず触りたくなるような魅力がある
紗英はそうだ!と出し抜けに声を上げるとスマホを取り出し何やら手早く操作し始めた。暫くスマホ操作に没頭していたが、やおら顔を上げて課長良いところ見つけました!大丈夫。行きましょと笑顔で言う。
おい。待て待てこんな時間から何処に行こうと言うんだ?俺が尋ねると紗英は良いから良いからと立ち上がり店員にお勘定してくださいと声をかける。
紗英は俺が勘定を済ませている間も終始上機嫌で鼻歌が出るほどだった。俺も悪い気はしない。
紗英に押し切られる形で店を出ると店の前で彼女が止めたタクシーに有無を言わずに押し込まれた。
紗英はタクシーの座席に投げ出した俺の手を握り課長、嬉しいな。わたし、課長と前から呑みに行きたかったの。とコロコロ笑い声を上げて言う。
何で私みたいな中年オヤジと呑みたかったんだい?と俺が尋ねるとだって課長、ずっと勤務中詰まらなそうな顔してる。課長ってもっと全然面白い人のはずなのに何であんなつまらなそうに仕事してるんだろうって気になるんだもん。
俺は失礼な事を言う娘にムスッとした。
あっ怒ってる。駄目怒っちゃ。折角笑って可愛かったのに。はい、笑顔。ね。課長笑って。紗英は俺に顔を近づけてスマイルー!と笑いかけてくる。
俺は思わず苦笑してしまった。
俺が思わず笑っていると紗英は急に真顔で課長、今日、専務に何か言われたんでしょう?と尋ねて来た
俺は突然の言葉に動揺しどう答えたものかと黙る。
専務に勤めてひと月ぐらいの時に契約のことで話があるから会社帰りに食事でもしながらどうだって言われて、食事について行ったらネチネチ口説かれて。
店出たらホテルに行こうって言われたんです。
私が酷い、こんなのセクハラですって言って帰って来たから今後は多分何かあるなって思ってたの。
俺は紗英の告白に言葉を失った。噂話は専務が広めてるんです。私のせいで離婚したって話になってる高橋さんなんてフロアが違うからエレベーターで何度か会った事があるくらい。
社内の言い争いだって、最初に彼等から飲み会に誘われて何度も断ったのにあんまりひつこいから、もう片方の人に相談したら…
そこまで一気に話すと紗英は涙を浮かべて前方を見つめていた。
俺は彼女の言葉に嘘を感じなかった。
そうだったのか。専務とそんな事があったのか。
俺はやっと言葉を絞り出した。
紗英は先程までとは打って変わって、年相応の仕草を見せ、唇を噛み締めている。
俺に向き直るとだって会社だと専務が絶対じゃないですか。皆んな専務派。
だけど課長だけは専務に取り入る様子も無くて。
俺は思わず苦笑した。確かに俺は出世コースからはとうに外れ、今の仕事にも最早情熱も無いどころかウンザリしていた。
強権な専務を確かに社内では崇めるような風潮がある。しかし、専務と同期で天と地の差がついた俺には最早、奴に気を使う必要すら無くしていた。
課長だけは違う。わたしの話を聞いてくれると思っていたの。目に涙を溜めて俺を見つめている紗英の手を握り返した。
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