直子さんは頬に当てていた缶ビールをテーブルの上に置き少し間を空けてポツリポツリと語り出した。
今日もね。本当はねタケちゃんがバイトから出てくるところ、待ち伏せみたいなマネしたく無かった。
でもね。一緒に居た高橋さんにあの人は脈があるから終業時間を待って勧誘に行けって。
高橋さんは勧誘グループのリーダーなの。それに高橋さんの旦那さんがスーパーをやっててね。チラシだのお中元のパンフだの仕事沢山貰ってるの。
営業なんだって割り切る様にしているけど、でもタケちゃんみたいな若い子を何人か勧誘して私が入信させて…そんな人の人生に影響する様な事、自分のとこの営業活動だって割り切ってやってる事が苦しくて。
私がこれで本当に信心してて、ここに入った方が良い、幸せになれるって思えるなら良心も痛まないんだろうけど。私はなんて酷い人間なんだろうって思うの。
直子さんは一気にそれだけ喋ると黙り込んだ。
少し涙ぐんでいる様だった。
一年経たずに会社辞めた俺が言うのもなんですが、会社だってなんの組織にしたって、皆んなそれぞれの思惑で所属してて、宗教だって一緒じゃないですか?勿論、熱心に信心してる人も居るだろうけど断り切れなくてとか、寂しくて何となくとか、直子さんみたいに仕事が欲しいとか。
勧誘は確かにきっかけにはなっただろうけど、入信するしないはその人の判断だし。
でもそんなに苦しんでいるなら直子さんは営業スキル高そうだから、違う販路を開拓して少しずつ宗教関係の仕事や関わりをフェードアウトしたら。
俺はティッシュを使って目元を拭う直子さんに言った。
直子さんはごめんなさいね。初めて会った人の前で。ごめんなさい。と目元を押さえながら俯いている。
俺は直子さんの横に座ってしょげている彼女の肩を抱いて言った。直子さんは悪いことしてないですよ
直子さんは俺の言葉に堰を切った様に泣き始め、私、間違えてるよねと言って俺の胸にしがみついてきた。
俺は嗚咽する彼女の肩を宥めるように優しくさする、彼女の指が俺のシャツの胸元をきつく掴んでいる。俺は直子さんの髪を撫でた。
私、大丈夫だよね?泣きはらした彼女の瞳が俺を見上げてくる。大丈夫だよね。ふたたび同じセリフを繰り返した涙に濡れた彼女の唇を俺は奪った。
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