人間心理とはおかしなもので、初対面の素性の分からない人間から、食事の時間や集合時間、場所を指示され、それに従う状況下に置かれるとそこにハッキリと上下関係が生まれてくる。
セミナーでは、休憩時間、昼食会場とその場所、時間が運営部から吉田リーダーへ伝達され、それを吉田から西田副リーダーに伝える。西田が俺たち役無しの残り3人に伝える形になった。
何度か伝達が有るうちに、俺たちヒラのメンバー間にも変化が起きる。人の良さそうな小太りの三橋は副リーダーの西田に対して胡麻をする様な言動が目立ち始め、若い富田は必ず西田の隣りの位置に立ち、西田に対して伝達内容にいちいち大袈裟に頷き、話を良く聞いていると言うアピールをし始めるようになった。
西田は俺にジャンケンで勝った事からなのか、明らかに俺に対して自分の方が立場が上である事を強調する言い方や態度である。
その後も幾つものミニゲームが続いた。ゲームの度に運営スタッフがサクセスポイントと言う呼び方をする得点等がスタッフが手に持つ採点表に書き込まれていった。全てのゲームが終了して参加者は再び演台前の机に着席させられた。
会場の照明が落とされ大袈裟なファンファーレが鳴り、壮大な印象の音楽が会場に流れた。演台にスポットライトが当たると大胆に胸が大きく開いた白いドレス姿に着替えた美しい志保が立っている。
それでは表彰式に移りますと志保が言う。
各チームごとの最高サクセスポイント獲得者を発表します。名前を呼ばれた方は前のステージにお越し下さいと笑顔で言う。
それでは早速、第一チームのウィナーは上田隆行さん!名前を呼んだ瞬間上田と言う男にスポットライトが当てられる。スタッフに即され立ち上がる上田と言う男。
皆さん、素晴らしい成績を収めた上田さんに拍手を!と志保が叫ぶ。会場から拍手が湧く。志保は上田さん、どうぞステージへお越し下さいと言ってステージに上がった男に、おめでとうございます!と言って派手な金メダルを上田の首に掛け、スタッフから受けた花束を恭しく上田に手渡し握手をした。
その後、12チームのそれぞれ最高得点者が表彰されていく、俺たちのチームは意外なことに吉田リーダーでは無く副リーダーの西田が最高得点者と表彰された。
12人の首からメダルを掛け、花束を手にした男達がステージに並んだ。
志保は1人1人に申し込み用紙に付いていたアンケート内容からリサーチして作ったのであろう内容を話し始める。
上田さんは、いつも仕事で色んなアイデアが浮かぶけれど自信が無くて皆に話せなかった。そんな自信を持てない貴方が今日、私達のプログラムの中で幾つかの気づき。きっかけを得て自信をつけて行きました!その結果、チームではリーダーを務め上げて最高得点。サクセスポイントを獲得していきました!
今年小学校に上がったばかりの息子さん、タカヒロくんにも自信を持って生きていく父親の背中というものを今日から見せてあげられるのでは無いですか?
驚いた事に上田と言う男は、感極まり涙ぐんで志保の言葉に頷いている。マイクを渡され涙声で有難うございます!と答える。
上田さん実はですね。今回の体験コースで最高得点者の特典で更に次の大きなステップになる本セミナーの3泊4日の集中合宿コース、エグゼクティブプログラム魁45万円の特別リーダーシップ育成セミナーが、今回30万円のお得な価格で受けられる権利が与えられるんですよ!どうしますか?更に上を目指してステップアップしませんか?参加されますかー?
上田は泣きながらはい!勿論です!と叫ぶ。
志保は会場の皆さん!上田さんは更に上のエグゼクティブプログラム受講を決意しました!さらに成功に向かう上田さんに拍手を!と叫ぶ。
俺は圧倒された。志保はステージに上がった12人を褒め称え会場を煽り、結果全ての男達に30万の受講料を支払わせる流れを作りきった。
合計360万。つまり今日100人近くから3万づつ合計300万よりも多い売り上げだ。
はなから俺たちの様に次、来るか来ないか分からない奴らなど相手にしていなかったのだ。ゲームを繰り返し自尊心が高いやつ、見栄張りなやつ、依存体質の人間を探しより金の取れる人材を選択していたのだった。
それが証拠に終了後、志保は最高得点者では無いが成績優秀者と称して何人かの男に、結果は残念でしたが貴方は資質が備わっている。最高得点者同様に45万を30万の特別割引を致しますのでご参加下さいと胸の開いたドレスで声を掛け書類にサインさせていた。
成る程、田中の言う通り非常に勉強になった。ある意味商売の真髄のひとつがここにある。俺は勿論エグゼクティブだの更に上のコースだのには興味は無いが楽しめたので満足して会場を後にしようとした。
受付で名札を返して、クロークに預けた上着を受取ると中田さん、お待ち下さい。本日ナビゲーターを勤めた佐藤が中田様をこちらにご案内するようにと申し聞いております。こちらへどうぞと案内を始める。
俺は訳も分からずクロークの男について行くと控室3と書いた紙が貼られた部屋に通された。
クロークの男が扉をノックして中田さんがお見えです。と声を掛けると中からはい。どうぞ。と志保の声が聞こえた。クロークの男が扉を開けてくれる。俺はクロークの男に軽く頭を下げ、部屋に入ると先程の白いドレス姿の志保が笑顔で俺を出迎えた。
ビックリしたでしょ?セミナーの時とは別人の様に親しみやすい笑顔で話しかけて来る。俺はええ。びっくりしました。色々とと答える。
志保は実はもう一度、中田さんに会いたいなって思ってたの。
だから中田さんを会場で見た時は嬉しかったの。座ってと俺に部屋の中央にある応接セットに自ら座りながら俺に言う。
俺が志保の反対に座ると志保は俺を真っ直ぐに見つめて言った。
私のこと、今日見てどう思った?
志保という異世界に足を踏み込んだ瞬間だった。
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