俺は商談室から退室すると直ぐに千春にLINEした。
相談がある。いつもの店で待つ。
俺はすっかり動揺していた。いつもの寿司居酒屋で千春を待つ間、間が持たずもう10年程前に止めていた煙草を駅の売店で買い求め吸っていた。
かりんと云うあの女。いったいどういうつもりだ。それに取締役に言われた来週金曜日。どうしたら良いか分からなくなっていた。
暫くすると千春が店内に入ってきた。
え?煙草吸ってるの?千春が驚いて聞いてくる。
俺は吸い殻が山になった灰皿に煙草を押し付けて火を消し千春に言った。
そんな事より大変な事になっている。
俺は今日、取締役に呼び出されて来週金曜日に4人でセックスをする事を持ちかけられた事や、そのあと佐々木と言う取締役の女が俺宛に会社に尋ねて来たことを話した。千春は驚いた表情で俺の話を聞いていた。
話を聞いていた千春は話が終わったあとも暫く黙っていた。
私、嫌よ。そんな4人で乱交みたいなまね。そんな事出来るわけないじゃない。ちゃんと取締役に断って!それな何?その佐々木だかって女。変態なんじゃないの?気持ち悪い。嫌よ私、あんな気持ち悪いジジイとなんかしたくないっ!一気にまくしたてるとそれきり黙り込んでしまった。
俺は仕方なく、分かった明日にでも取締役に断るよと千春に告げて無言の千春を駅まで送った。
俺は翌朝、どうしたものか。どうやって取締役に断りに行くか考えていた。
午前中はまた会議が入っていた。気もそぞろに会議を終えてLINEを確認すると千春から何度も着信と連絡をくれと云う内容のLINEが複数入っていた。
俺はいやな予感がして、社外に出て千春に電話した。
千春は直ぐに出た。俺がどうした?何かあったかと言うと泣きながら千春が答えた。取締役に呼び出され、私の場合と違い君達は社内不倫だ色々と不都合が多いよねと言われたと言う。金曜日に4人で会って今後について話し合おうじゃないかと言われたと言う。千春は怖い。あの取締役は普通じゃないと言った。俺は分かった。必ず何とかするから。金曜日は千春は何処にも行かなくて良いからと泣きじゃくる千春に告げた。
夕方、取締役から内線電話が来た。金曜日の前に君と少し仲良くなっていたい。少し社外でゆっくり話さないかと言われ、会社のある隣の駅の最近オープンしたばかりの高級ホテルのバーラウンジに呼び出された。
およそ、紳士服チェーン店の吊るしの大量生産のスーツを着た男には入るのさえ気がひけるバーラウンジのカウンターに取締役はゆったりと座って俺を出迎えた。
取締役は俺の姿を見つけると手を揚げて、よお、来たか。悪かったな急に呼び出して。掛けてくれと言ってカウンターの席を引いた。
何を呑む?と聞いてくる。俺は素直にこんな高そうなバーで飲んだら良い酒なんて分からないです。と答えた。
取締役は笑いながらそうかと答え、バーテンダーを片手を上げて呼ぶと、彼にも同じものを頼むと告げた。
俺は取締役に今日千春、いや板橋君を呼び出したそうですねと切り出した。
取締役は悪びれもせずに、耳が早いねと微笑んだ。
何を言ったのか知りませんが、彼女酷く怯えていました。
確かに社内不倫は道徳に反する。良いことをしているとは思っていませんがそれをカタに取られて脅されるような事は許されない。やめて頂きたい。
私も男です。やった事には責任を取らなければならないならきちんと責任取ります。不倫の告発でもなんでもして下さい。
俺はもう会社に居られなくなるのを覚悟して取締役に告げた。
取締役は笑いながら、穏やかじゃないね。
私は脅しなんて彼女にしていないよ。仲良くなれないかと言ったんだ。
それにこの話は私が言い出したんじゃない。君もこないだ会ったそうだが佐々木君が君にご執着でね。
今日も君が来ると言ったら彼女も来たいと言うのでね。と取締役が唐突に言って来た。えっ佐々木さんも来るんですか?俺は驚いて尋ねた。
もう来てるよ。と取締役は答えるとそっちのソファ席に移動しないかと言って来た。
バーテンダーに君、すまないが向こうに移動するよと声を掛けてテーブル席に向かって歩き出した。取締役、飲み物は?と言うと店のものが運ぶと先を歩いていく。ソファ席には佐々木かりんが座っていた。
ダウンライトに照らされたアンティーク調のソファに腰掛けている佐々木かりんは、前に見た営業スーツでは無くタイトなスカートにピンヒールを履き、襟が短く立ったシャツをかっちりと着こなし場を支配していた。
部長さん。またお目にかかったわね。もうすぐ千春さんもここに来るわ。
えっ?千春もここに来るんですか?俺は驚き尋ねたがかりんは微笑みを浮かべて黙っている。
そんなところに突っ立ってないで座ったら?俺は彼女の瞳に見つめられ何かに操られる様にソファに座った。
テーブルに置いたかりんの携帯がブルブル震える、かりんは携帯に出るとそう。その奥。ソファのところに居るわ。そのまま入って来てと電話口で答えて俺に向き直り、やはり微笑みながら彼女着いたわと言った。
千春は黙って俺の前を通り過ぎ、かりんの前に立った。
かりんが千春に向かって尋ねた。覚悟は決まったかしら?
千春はすこし俯き目を伏せて押し黙ったあと、何かを決心したように顔を上げてかりんを見つめてから、はい。と答えた。
俺は目の前で展開される光景に意味が分からず呆然としていると、かりんが取締役、千春さんは準備出来たそうよ。お連れしてと言うと隣に座っていた取締役が承知しましたと言って立ち上がり、千春の腕を掴み板橋くん、行こうかと声を掛け、その声に千春が頷いた。
待ってください!何処へいくんですか?俺は声を上げたが千春が振り返って黙って!と返しそのまま踵を返して取締役の後をついて歩いて行ってしまった。
俺は呆然と見送るしか出来なかった。
お変わりは?かりんが尋ねて来た。お変わりじゃないですよ。千春は何処に行ったんですか?俺は聞いた。
かりんはここはちょっと格調の高い場所なの。あまり大きな声やそんな興奮した態度だとつまみ出されるわ。少し場に馴染んだ態度を取れないものかしら?と俺に諭すように言う。
分かりました。気をつけます。でも、千春は何処に行ったんですか。俺は務めて冷静な声でかりんに尋ねた。
かりんが俺の顔を観察する様な目で言った。
千春さんは取締役とセックスしに行ったの。彼女が決めた事よ。問題あるかしら?
※元投稿はこちら >>