俺たちはその後ベッドの上で、もう一度愛し合ってから帰り支度をした。
忘れ物無い?鍵、携帯、お財布。千春は忘れ物が多い俺に声を掛ける。
大丈夫だ。全部持った。俺は答えて千春にキスしてホテルの部屋から出た。
最上階の1番奥の部屋からエレベーターまで歩く。千春が腕を絡めてくる。
俺は普段あまり女に腕を絡まれたりベタベタされるのを好まないが、千春とは不倫関係の為、普段してやれない分2人きりの時は千春が好きな様にさせていた。
エレベーターまであと少しという時にエレベーター横の部屋のドアが開き男女が出てきた。こんな場所で知らない人と言えど他人とすれ違うのは嫌なものだ。俺は反射的に鉢合わせしないように歩を緩めた。
しかし、いかんせん近すぎた。
部屋から出て来た男女と俺たちは顔を合わせてしまう距離だった。
瞬時に見た男は初老の白髪の男で見覚えのある顔だった。
あまりに唐突で頭が混乱していたが、初老の男の中野部長、板橋くん。の声に背中が凍りついた。俺の口からは 吉岡取締役…
正直言って、その後どうやってホテルから出て来たのか覚えていない。
俺は就業時間内に部下と不倫の現場を取締役の人間に見られたのだ。
平静で居られる筈もない。
しかし、取締役と言えど条件に関しては俺と同じ筈だ。
就業時間内である。しかも連れの女の顔はどこかで見たことがあると思っていたが千春の言葉に納得した。
うちの会社に出入りしている印刷会社の営業の女だった。
納入業者の営業に手を出すのと、部下に手を出すのはどちらの方が世間的には非難されるのだろうか、明日からどうなるのか、何かあるんだろうかと不安で、その夜は眠れず家内に何かあったのかと心配される有り様だった。
翌日、俺は出勤だった。
俺のデスクの内線電話が鳴り、出ると吉岡取締役からの内線電話だった。
俺は慌てた、吉岡取締役は俺とは普段全く接点が無い上にまさか、翌朝には向こうから動きがあるとは考えていなかった。
電話口からは
今、取締役室に来られないかと吉岡取締役の落ちついた声が流れてきた。
俺は、すぐに伺いますと答えた。スーツのジャケットを羽織る。
俺は極度の緊張から汗ばんだ。取締役室の扉をノックし失礼しますと声を出すと、中からどうぞの取締役の声。
俺は入室するなり、昨日は大変に失礼致しました。お見苦しいところを見せてしまい大変申し訳ございませんでした。と頭を下げた。
取締役は笑い、まぁ君。そう固くなるな。ま座ってくれ。と言うとデスクから歩き出て皮張りの応接セットのソファに深く腰掛け、前に座れと手招きをした。
ガラス製の煙草入れから煙草を取り出すとライターで火をつけ深く吸い込む。中野くん。煙草は吸うかね?と煙を吐きながら俺に尋ねる。
いえ吸いませんと俺が答えるとそうか。と答え、社内で吸える場所は地下の喫煙所とここだけだなと言って笑う。なかなか止められなくてね、身体に良くないんだがとゆっくり話し要件に入らない取締役の態度に俺は心の中で冷や汗をかいていた。
板橋くんだっけ?一緒に居た娘。あの子もなかなか優秀な社員らしいね?と取締役。はい。頑張ってくれています。と俺。
長いのかい?と取締役。
俺は千春の勤続年数か、それとも俺たちの不倫関係の期間を聞かれているのか分からず言い淀んでいると
長そうだね。雰囲気で分かったよ。と取締役が言う。
はい。申し訳有りませんと俺が答える。
謝る事では無いよ。確かに会社的には褒められた事じゃないよ君。と取締役に言われ、俺は申し訳ございません。と頭を下げた。
頭を下げている俺に吉岡取締役の声が頭から降り注ぐ。
板橋くんは幾つだい?ちょっと良い女だねアレは。
あの手の女はあっちも激しいだろう?
俺は取締役の上役と思えない言葉に驚いて見返すと取締役は俺の顔を正面から見据えて低い声で言った。
どうだい?中野くん。あまり会社には言えない事をしている君だが、私とて同じだ。秘密を共有しようじゃないか。私と君は似たもの同士。
私は今回、大いに君を気に入ったんだよ。
今後どうだい協力しあっていこうじゃないか。君のこれからは任せてくれて良いんだよ。お子さんも2人私学に入れているんだってね。感心だよ。ただ私学だと今、お金が掛かるだろう。君だって収入が良い方が良い筈だ。
こないだの人事、西田くんのあれは私が推薦したんだよ。どうだい、これからは協力し合うと言うこと承知してくれるかね?
西田くんのあれとは、社内で騒ぎになった程の西田という社員の異例の抜擢人事の事だ。
俺は承知しましたと答えた。
頭を上げてくれたまえよ君。そう恐縮されたら話が出来ない。
で早速だがね。よりお互いの信頼関係を築く為に秘密の共有をしようじゃないか。どうだい?
俺は、意味も分からずただ答えた。はい。よろしくお願いします。
取締役はニヤリと笑い、そうか実は心配していたんだよ。
私が連れていたのは取引業者の営業なもんでね。
彼女も君や板橋くんと秘密を共有しないと心配だと言っていたんだ。
はい。ご安心下さい。私も板橋も秘密は守ります。と俺は答えた。
取締役は俺を見据えながら言った。勿論信頼しているよ。だから尚さら俺たちは仲良くなれるんじゃ無いかと思ってね。どうだい?来週あたり4人で秘密の共有をしようじゃないか。
俺は意味が分からず、4人で秘密の共有をするとは具体的に何をするのでしょうか?と取締役に尋ねた。
取締役は笑いながら言った。君達や私達が会社に内緒でやっている事だよ。
4人でセックスを楽しんで秘密を共有しようと言っているんだよ。
嫌とは言わせないよ君。君だって、板橋くんだって秘密は守りたいんだろう?来週楽しみにしてるよ。
そうだな出来れば週末の昼間が良いな。金曜出勤したらここへ来てくれたまえ。当日どうするか決めようじゃないか。
俺は呆然として取締役室を後にした。
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