あの佐伯が見込んだだけの才能が茅野にはやはり存在していた。茅野は素直さと若さで毎日様々な事を俺から吸収していく、俺も茅野の成長が誇らしくブライダル時代の経験を生かしたスキルを茅野に授けていった。
ある時、俺は警備室のカメラ画像から上客の車の車種、車体色、ナンバーを表に作成して警備員に配布して駐車場に入った時点で俺に連絡させ、来客の顧客カルテを取り出し担当カウンセラーにいち早く渡し、客がカウンターに着いた時点で既に顧客の好みや、購入履歴のある商品を用意するオペレーションに変えると茅野は直ぐにそれをマニュアル化して他店舗でも実践出来る体制を素早く手配した。
茅野との仕事はどんどん楽しく、質の高いものになっていく。
2店舗目の独自サービスの企画プレゼン資料も2人で寝る間を惜しんで仕上げる。自宅で眠る以外の時間はほぼ茅野と2人で過ごした。
俺たちは2店舗目を1店舗目の上客のみを対象にしたより単価が高く、より長い時間をかけて客の好みのサービスを施すハイグレード店舗にするプレゼン資料を作り上げた。
クライアントへのプレゼンの前に佐伯に企画説明を行った。佐伯はクライアントから提示された予算からかなりオーバーしているが企画自体は高く評価して幾つかコストを下げる手段の提案をしてきた。
佐伯は打ち合わせが終わったあと、俺たちの仕事について満足していると語り、クライアントへのプレゼン会議は基本的にほぼこの企画書のまま行きましょうと言ってくれた。
社長室を茅野とふたり揃って辞そうとした俺を佐伯が呼び止める。高橋さん、ちょっと。俺は茅野に車で待つ様に言って社長室に戻った。
佐伯は今日はチョークストライプの入った黒いジャケットに光沢が美しいグレーのサテン生地のシャツに凝った細工のカメオブローチに黒いタイトスカートを履いていた。色白の美しい肌の胸元に上質のサテン生地が艶めかしい大人の魅力を放っている。
佐伯はお疲れ様。入社して間も無いのに目覚ましい活躍だわ。貴方が入社してくれて本当に良かった。何か要望や困っている事は無いかしら?と尋ねてきた。
俺はそれこそ入社間も無い自分にこんな企画参加の機会やチャンスを頂いてやり甲斐を感じ、毎日充実させて頂いております、要望は特に無く、逆に社長が私への要望は無いですかと尋ねた。
佐伯は微笑んで、貴方はいつもパーフェクトな答えを用意している様ねと言って席を立ち俺の前のデスクに寄りかかった。タイトなスカートから伸びた脚が美しい。ヒールがかなり高いことも印象的だ。
佐伯は茅野が目覚ましいくらいに成長している。社会人としても、仕事の面でも、そして特に女性としてもと言った。
貴方もあれだけ素直に色々と吸収していく素材だと教えるのも楽しいでしょう?特に男は自分好みに女が変わっていくのは堪らない悦びじゃない?
あの子可笑しいの。こないだ駅まで車で送って貰った時に最近気になっているコトについて話したの。最近聴いている音楽はピンクフロイドです。落語も聴くようになったし、ケーキ屋さんより今は旨い蕎麦屋、特に気の利いた日本酒のアテが出す店が気になりますだって、私大笑いしちゃって。
どこかのオジサンと話してるみたいだったわと言って笑った。
茅野が一本立ち出来る位置まで引き上げたのは間違いなく貴方よ。
彼女を指名するクライアントも出てきた。私の理想の次の段階は貴方のライバルに茅野をすること。貴方と茅野が競い合うようになった時、佐伯企画は旬を迎える。
でも忘れないで。若い茅野は貴方から全てを吸収して咀嚼して貴方を越えていつか貴方の前を走り出す。貴方は打ちのめされる時が来るかもしれない。
その時は私が居ること。思い出してね。以上よ。
さっきのコスト見直しの件。いつまでに回答貰えるかしら?
俺は混乱しながら、今週中にはと佐伯に答える。
佐伯は今週中ね。そのつもりで段取りする。そうだわ茅野が待ちくたびれてるわ早く行ってあげてと退室を促した。
車に戻ると社長、何を高橋さんに話したの?と無邪気に聞いてくる茅野を見て、社長の言った茅野が俺のライバルになるを思い出して茅野を眺めたが、暇だったから、そこのコンビニでシュークリーム買ってきたの。高橋さんの分も買って来たよ。はいと差し出す可愛らしい表情を見て俺は苦笑し車を走り出させた。
~おしまい~
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